プルースト 失われた時を求めて 読了記念 6 言及・引用された美術作品
ここでは、「失われた時を求めて」の中に言及・引用等があった美術作品についてまとめます。言及・引用されている芸術作品で文学の次に多いのが美術で、その数200以上に上り(重複を含みます)、全14巻で以下のように分布しています。
言及・引用された美術作品の上位を占める作者(とその作品)は以下の通りです。
1.ジョット:「慈愛」「美徳」「悪徳」「不正」
2.ボッティチェリ:「モーセの試練」「マニフィカトの聖母」「春」等
3.カルパッチオ:「聖女ウルスラ伝」「聖ゲオルギウス」「悪魔につかれた男を治療するグラドの総主教」等
3.ギュスターヴ・モロー:「まぼろし」「ケンタウロスに運ばれる死せる詩人」等
3.レンブラント:「夜警」「ヤン・シックスの肖像」等
6.ミケランジェロ:「天地創造」等
6.レオナルド・ダヴィンチ:「モナリザ」「最後の晩餐」等
8.マンテーニャ:「聖セバスティアヌス」「キリスト磔刑図」等
9.フェルメール:「デルフトの眺望」「取り持ち女」等
9.シャルダン:「エイ」「食器台」等
9.ホイッスラー:「ヴェネツィアの光景」「黒と白のハーモニー」等
12.モネ:「睡蓮」「エトルタの断崖」等
12.ルノアール:「舟遊びをする人たちの昼食」「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」「シャルパンティエ夫人と子供たち」等
読了記念5に書いたように、プルーストが言及・引用した文学作品は主に18~19世紀のフランスのものでした。それとは対照的に、作者が言及・引用した美術作品はルネサンス期の(イタリアの)作品が多く、作品数では上に挙げた13人の作品のおよそ6割がそれに該当します。これは美術が非言語の芸術形態であることと、ルネサンス期の美術が群を抜く高みに達していた、という事かな?と推測しています。
何枚かの個別作品について。まずボッティチェリの「モーセの試練」は、スワンがオデットに恋をするきっかけとなった絵です。このような礼拝堂の中に収められているお堅い宗教画から、ラブストーリーのモデルを引っ張ってくるところは、すごい手腕だな!と感心しました。
続いてフェルメールの「デルフトの眺望」。作品の中では、ベルゴット(作中の作家)がこの絵を鑑賞しながら「こんな風に書くべきだった。」「オレの最近の本は、あまりにも無味乾燥だった。この小さな黄色い壁面のように、絵の具を何度も塗り重ねて、文それ自体を貴重なものにすべきだった。」と反省の弁を述べながら、間もなく息絶える、という設定になっています。この部分はどう考えても作者プルーストが、より真摯に自分の小説に向き合うことを宣言しているように受け取れます。プルーストが自分の原稿に、たくさんのメモをペタペタと貼った写真を見ましたが、「フェルメールのように絵具を塗り重ねたのだな!」と合点がいきました。
最後に私の好きな2枚の絵について。今回プルーストを読んだことがきっかけで、遅まきながら初めてボッティチェリの魅力・天才に気が付いた私ですが、その中では現在のところ「マニフィカトの聖母」に最も惹かれています。まだ実物を見たことはありませんので、元気なうちにフィレンツェのウフィッイ・ギャラリーを訪問したいと思っています。
2枚目は第11巻で一度だけ取り上げられているヤン・ファン・エイクの「ヘント祭壇画」です。主人公が、恋人のアルベルティーヌがピアノを弾くのを見て、連想した作品です。この絵には過去にいろいろな事件に巻き込まれていて、近いところではあのヒットラーが持ち去った、いわくつきの作品です。実物は教会の中に収められており、その雰囲気の中で息をのむ凄さ・輝きを放っております。ベルギーに行かれたら、ゲントに足を延ばす価値は十二分にあると思います。