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会社の屋上に見知らぬ女がいた。
「太陽が隠れちゃったからね、また出るのを待ってるの」
独り言だろうか。
それとも俺に向けて放たれた言葉だろうか。
リアクションに困っていると、女は両手を広げ、空を見た。
太陽はちょうど小さな雲に隠れている。

俺は少し離れてタバコに火をつけた。
頭の中は今日の商談のことでいっぱいだった。
プレゼンのシミュレーションを繰り返しながら、めいいっぱいニコチンを吸い込む。
今を逃すと、夕方までは一服できなそうだ。

しばらくすると、雲の隙間から日光が差してきた。
「やだ! 最高」
女はそう言ってしゃがみ込んだ。
そして地面の一点を見つめたまま、近づいたり離れたりしている。
女はさらに立ち上がって、同じ動作を続けた。

地面に何かあるのだろうか……。
奇妙だな。

「う〜ん、つまらないわね」
俺がタバコを消したとき、女が言った。
「これ、あなたにあげる」
女はピンのようなものをこちらに投げてきた。
キャッチし、観察する。
見た目はただの画鋲だ。
「これ、なんですか?」
「影を止めておくことができるの」

影を、止める?

「どういうこと?」
俺が質問を投げかけたときには、すでに女の姿はなかった。

俺は試しに自分の足元の影にピンを刺してみた。
頑丈なのか、コンクリの床にもさっくりと刺さる。

そして女同様、遠ざかってみる。
すると離れれば離れるほど、ピンを起点に影が伸びた。
反比例して、サイズはどんどん細くなってゆく。

なるほど、影を止めるってこういう事か。

面白い。
けど、どう使えばいいんだ?
メリットがわからない。

「鈴木!」
急にそう呼ばれ、俺は慌てた。
その瞬間、ピンは俺の手のひらから飛び、ビルの下に消えていった。

ああ……。

「部長もう営業先に向かったぞ!」

そうだった!

俺はその言葉で我に帰り、すぐに階下に戻った。
商談に同席してもらう部長に先に行かせるわけにはいかない。
カバンを持ち、ビルを出る。

しかし、あたりを見渡してもすでに部長の姿はなかった。
間に合わなかったか……。

やばいな。
タクシーを呼ぶしかない。

あれ?
スマホがない……。
デスクに置き忘れたか。

地図を見ないと、商談先の場所もわからないぞ。

タイムロスだが取りに戻るしかない。

ちくしょう。
とことんツいてない。

俺は急いで引き返した。

影を見つけたのは、その時だった。
歩道に沿って、すうっと伸びていた。
会社の真横の地面には、先ほど落としたピン。

まさかな……。

俺は一か八か、影を追いかけてみることにした。

そして走りながら、ピンのメリットを理解した。
誰かの影に刺すと、追跡できる!
そう考えたら最高のアイテムじゃないか。

走りながら、様々なアイデアが浮かんで来た。

妻の浮気調査。
娘の彼氏調査。
猫を追いかけるのも面白い。
泥棒も追跡できるし、捕まえたら表彰されるんじゃないか?

ワクワクしながら影をたどる。

20分ほどすると、終わりが見えた。
とあるビルの入り口に吸い込まれていた。

よし、あそこだな。

頭を仕事モードに切り替え、襟を正す。

「すみません、ちょっとバタバタしてまして」
それでいいか。

そんな言い訳を思いついたときだった。

看板が目に飛び込んで来た。

【横山組事務所】

俺が跡をつけていたのは、部長じゃなかった。
それどころか、とんでもない奴を尾行していたみたいだ。

すぐに青ざめて引き返す。

「鈴木ぃ、こんなところでなにやってんだよ」

えっ。

誰だ!
名前を知ってる奴などこんな所にはいない。

ゆっくり振り返ると、上半身を脱いだ社長がベランダで葉巻をくわえていた。

その肩に描かれた煌びやかな龍。

その鋭い目は、県外に転職した今でも忘れられない。

面白いもの書きます!