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10_「お金は必要なんだよ」という言葉に対する違和感

 「生きていくために、お金は必要なんだよ」この言葉は、生まれてからずーっと聞いてきた言葉だ。違和感しか感じない。でも、かと言ってお金が要らない!と声を大にして反論するだけのロジックがあるわけでもない。ただただ違和感を感じていた。この違和感を感じていたからこそ、起業家として活動していく中で、一切“クライアント”に対して、お金を請求しなかった。ギフト経済のようなカタチで、お金ではないなにかを得ていたような気がしていた。その大半が“仲間”とかそういったつながりの類いが多かったが。その結果、銀行口座がほぼ0になり、現代の世界では“生きて”いけなくなってしまった。

 しかし、面白いもので、こんな状況にさらされながらも違和感は全く消えなかった。「お金稼がなくちゃ!」と焦る時だってもちろんある。食べるものがないとき、ミーティングで当たり前のように飲むコーヒー代が払えないとき。

 「いいよ、出してやるよ!お金ないんだろ?」

 本当に色々な人に、迷惑をかけまくった。でも、こうやってやり過ごしてきた。

 いよいよごまかしもきかなくなり、本当に本当にどうしようもなくなってしまい、ホームレス社長になる決意をした。こんな状況になりながらも、やっぱり「生きていくために、お金は必要なんだよ」という違和感は消えない。もうここまで来ると、ただのバカなのか。

 でも、自分の気持ちに正直に生きたい、と幼稚園児のようなわがままを、すでに27歳の成人男性は強く思っていた。そこで、ここまでバカならこのバカさ加減を吹っ切ってみようと考え、お金で生きることを諦めて、ひたすら人のつながりだけで生きる実験を試みることにした。それがホームレス社長である。寝る場所、食べるご飯、などなど。毎日のように場所を移動し、新しい人と挨拶をして、一緒にご飯を食べる。そして、夜は(ある場合は)ゲストルームに通してもらって、専用のベッドで寝る。さすが、ロンドン。本当にお金持ちの家に泊まることもあれば、むちゃくちゃ治安の悪いようば場所で少しハラハラしながら寝ることもあった。

 そんな中で、ロンドンのシティと呼ばれる世界でも有名な金融街で投資関係で仕事をしているNARUTO大好きの粋なフランス人・トーマスの家に泊まりに行ったときのことだった。彼は、僕の友人マチルダというフランス人の女の子の彼氏で、少しだけ面識はあったものの、深い関わりがあったわけではなかったが、マチルダの粋な計らいもあり、宿泊させてもらうことになった。

 その前日は、泊まるところは確保できたものの、食べ物にありつけていなかった。正直、死ぬ程腹が減っていた。トーマスの家に行くのが待ち遠しくて、お腹がすいているのもあり、仕事には集中できず…… ひたすらトーマスからの連絡を待っていた。そんなときに電話がかかってきた。

 「よう、タイチ。久しぶりだな!元気にしてるか?今日は、少し仕事が長引きそうだから20時ぐらいにサウスケンジントン駅で待ち合わせでもいいか?」

 お、残業か。さすが、いくらヨーロッパと言えども、投資関係のお仕事の方はよく働かれますね。早く帰ってきてよ、なんてばかなことはもちろん言えるわけもなく。

 「うん、分かった!20時にサウスケンジントンね」

 こんなヒモみたいな生活をしていながらも、「今日、ご飯は?」と気軽に聞けるほど僕もまだ肝っ玉は座っていなかったのだ。「タイチ、ご飯は食べたか?なんなら一緒に食うか?」というようなことを言ってもらうのを待っていた。 ただの恋愛に奥手な草食系男子となんら変わらない、ダメっぷりだった。そしたら、トーマスが

 「タイチ、ご飯は食べたか?なんなら一緒に食うか?」

 僕の心を見透かしたのか、頭の中で言われたい言葉ランキングナンバーワンの言葉を言ってくれた。さすが、色男だね。さすが、フランス人だね。こりゃ惚れますよ、うん。

 「いや、実は昨日から食べてなくて腹ぺこだよ。もしも良ければ。でもお金ないんだ〜。ま、だからホームレス社長っていう企画をしてるんだけどね」

 毎回毎回、こうやってお金はない、でも一緒にご飯は食べたい、ということを伝えるように心がけていた。完全にダメなヒモ男である、ということは重々承知をした上で。

 「知ってるよ!マチルダからも聞いたよ。バカなこと始めたねー。うん、今夜はオレが出してやる。でも、帰りが遅いから、適当に外で買って帰ってくるね。マチルダも帰りが遅いから、家で作って…のような感じにはならないんだよね。ケンタッキーでもいいか?」

 やったー。ありがとう、トーマス。しかも、ケンタッキーでいいか?だと。もちろんです。むしろ大歓迎ですよ。

 そうして、無事に20時半(フランス人の30分の遅刻は想定内)ぐらいに合流して一緒に帰路に経った。彼の家に着いてまたびっくり。なんて豪華なマンションなんだ。ロンドンでは本当に珍しい5階立てのマンションの最上階に住んでいた。前日は、ロンドンの中でも超絶治安の悪い屋根裏で、ねずみの走る音がする中寝たというのに。

前も、スウェーデン人の友人エリザベスの超豪華フラットに数週間泊めてもらったり、とお金で生きるのではなく人と生きることで、お金で生きてた頃よりものびのびしていい暮らしができている。やっぱり「生きるためにお金は必要なんだよ」という違和感は正しかったのかもしれない。お金がなくても、ちゃんとひとと生きることができれば素敵な生活が送れるんだ、と。

 そんな豪華なフラットで、トーマスの買ってきてくれた大量のケンタッキーのフライドチキンを食べながら、トーマスの冷蔵庫に眠っていたビールを飲みながら、色々な話をした。

 「前に一度、マチルダからお前の事業のことを聞いていたけど、お金稼ぐ可能性はしっかりありそうなのに、なんでこんなことになったんだ?」

 トーマスはそんなちょっと嬉しい言葉を行ってくれた。

 「ありがとう。うん、可能性はあると思うんだ。でも、なんだかお金を請求することがしっくりこなくて。やりたくてその仕事をしてるっていう感覚がとても強くて。そして、周りも一緒にやりたいからやっている。そんなポジティブな関係性のなかで、どうしてお金を介さないといけないのか分からなかったんだ。第一、今みたいにお金がなくても生活は成り立ってしまうんだ、って実証してるしさ」

 「一理ある。でも、タイチ。根本的にお金というものの概念をタイチは勘違いしている。お前が今飯食えてるのは誰のおかげだ?今夜、寝る場所があるのは誰のおかげだ?」

 「もちろん、それはトーマスのおかげだよ。トーマスという友達がいることの、こういうひとのつながりが僕の生活を成り立たせてくれてる」

トーマスは若干呆れ気味でこう言った。

 「ちょっと違うぞ。オレとお前は友達だ。何より、オレの彼女の親友だ。だから、こうやってタイチに飯を食わせたり、寝床を確保してやったりはする。でも、考えてみろ。もしもオレがお金持ってなくて、寝床がない。タイチと同じような状況だったらどうだ?」

 僕は少し考えてからこう言うしかなかった。

 「……。泊まれないよね。ははは」

 「そうなんだよ。お金ってやっぱり必要なんだよ。どう使うのかっていうことが1番大事なんだ。消費ではなく、あくまで投資。そういう感覚でお金も巻き込んでひとのつながりを作っていけるようにならないと、タイチはいつまで経ってもうまく行かないよ。分かるか、オレの言っている意味は?」

トーマスは続けてこう説明してくれた。 

 「シェア経済、ギフト経済とは素敵な仕組みだ。しかし、みんながみんな、シェアを始めるとどうだ。みんながみんな、ギフトし始めるとどうだ。モノはなくなっていくものの方が多い。いつか底を尽きる。そうすると、結局シェア経済は死んでいくのだ。こんな素敵な共有し合う、という新しい概念があるのに、うまくお金を絡めずにコミュニティが死んでいくのはもったいない」

 現状、僕だけがギフトを受け取る側、シェアされる側、だからこそ小さな生態系のなかでは「お金ではなく、ひとと生きる」ことが可能となる。しかし、全員がお金を持たなくなると、シェアするもの、ギフトするものが買えなくなる、そしてその結果、作るひともいなくなる。世の中にものがなくなる。消費されないものならまだしも、生きてくためには消費していくものが必須だ。

 トーマスは僕にアツく語ってくれた。正直な話、100%理解はできない。なんなら、彼は投資のプロ、僕は投資知識ゼロのパッパラパーだ。でも、「消費ではなく未来の投資」が大事なんだということはとても同感した。

 「お金ではなく、ひとと生きる」ことは間違っていないとは思う。でも、このトーマスとの会話の中で気づいたことがある。あくまでもお金もただのコミュニケーションツールだということ。お金≠ひとのつながり、なのではなくお金とひとのつながりは可変の関係なんだな、と気づかされた。

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株式会社sakasa | sakasa inc.

クリエイティブディレクター | Creative Director

藤本太一 | TAICHI FUJIMOTO

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