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#小説

0429:小説『やくみん! お役所民族誌』[7]

0429:小説『やくみん! お役所民族誌』[7]

第1話「香守茂乃は詐欺に遭い、香守みなもは卒論の題材を決める」(7)

<前回>

 野田彌(のだ・わたる)。澄舞県生活環境部生活環境総務課消費生活安全室長という長い肩書きを持つこの男は、身長190センチの巨漢だ。いかなるスポーツで鍛えたものか、首が太く体格もがっしりしている。年嵩は五十代半ば、両脇を刈り上げた短髪は半分ほどが白い。
「よおこそ! ささ、みんなに紹介しよう!!」
 彼が深く響く声を

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0421:小説『やくみん! お役所民族誌』[6]

0421:小説『やくみん! お役所民族誌』[6]

第1話「香守茂乃は詐欺に遭い、香守みなもは卒論の題材を決める」(6)

<前回まで>

        *

 朝の澄舞県庁前バス停は、多くの人が降車する。いつもなら、みなもはぼんやりその様子を眺め、そのまま澄舞大学前まで移動するところだ。今日は初めて、澄舞県庁前でバスを降りた。
 道路から広い前庭を挟んだ向こう、コンクリート打ち放しの6階建てビルが、澄舞県庁本庁舎だ。上下に軽く押しつぶしたサイコ

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0362:小説『やくみん! お役所民族誌』[5]

0362:小説『やくみん! お役所民族誌』[5]

第1話「香守茂乃は詐欺に遭い、香守みなもは卒論の題材を決める」(5)

<前回>

        *

 食事を終えた休息の時間。和水はラタンの椅子に腰を下ろしている。碧がかったガラスの湯飲みでジャスミンティーをすすり、ほう、と溜め息をつく。
 テーブルの向こう端にテレビのリモコンがあった。少し身体を伸ばせば届く位置だ。
 でも。
 和水はトイレから戻ってきた朗を見上げ、にやりと笑った。 
「オ

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0330:小説『やくみん! お役所民族誌』[4]

0330:小説『やくみん! お役所民族誌』[4]

第1話「香守茂乃は詐欺に遭い、香守みなもは卒論の題材を決める」(4)

<前回>

        *

 みなもの実家は、平成半ばに造成された比嘉今(ひがいま)町の新興住宅地にある。市町村合併によって県庁所在地・松映(まつばえ)市に組み込まれたものの、市中心部にある澄舞大学への通学には、徒歩と電車とバスで一時間あまりかかる。車で直行すれば15分ほどだが、免許を持たないみなもは公共交通機関に頼るほ

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0311:やくみん覚え書き/掘り出す作業

0311:やくみん覚え書き/掘り出す作業

 小説『やくみん! お役所民族誌』が昨日で三回目のアップとなった。今のところ週1ペースなので、これを維持したいところだ。

 ここまでで約7600字(scrivener表示による)、原稿用紙換算19枚。作品の主舞台となる澄舞県消費生活センターがまだ登場していない(第5回の見込み)。このペースだと、第1話だけで300枚くらい行くんじゃないか。

 想定より展開のペースが遅い理由は、描写が細かくなって

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0310:小説『やくみん! お役所民族誌』[3]

0310:小説『やくみん! お役所民族誌』[3]

第1話「香守茂乃は詐欺に遭い、香守みなもは卒論の題材を決める」(3)

<前回>

        *

 全国47都道府県の全てに、少なくともひとつは、国立大学が存在している。それは、終戦後に新たな教育制度を構築する際、教育の機会均等を実現する目的でそのような方針が立てられたからだ。国立大学は、それぞれの地域で低廉な学費により優秀な人材を育成し、戦後日本の経済復興に大きな役割を果たした。
 過疎

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0303:小説『やくみん! お役所民族誌』[2]

0303:小説『やくみん! お役所民族誌』[2]

第1話「香守茂乃は詐欺に遭い、香守みなもは卒論の題材を決める」(2)

<前回>

        *

 大学教員には研究個室が与えられている。そのひとつひとつがいわば独立した宇宙であり、部屋自体は画一的な作りでも、蔵書や教材、調度備品など教員の個性が色濃く反映された空間になる。
 石川耕一郎准教授の研究室の前に立ち、みなもはしばしドアを眺めていた。国立民族学博物館の黒を基調とした企画展ポスター

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0296:やくみん覚え書き/苦手なものは補えばいい

0296:やくみん覚え書き/苦手なものは補えばいい

 1月からnoteで表明していた小説『やくみん! お役所民族誌』の連載初回を、昨日ようやくアップした。キャラクタービジュアル設定などをお願いした絵師みどりのさんから、初回を読んですぐに「すまいぬが○○の達人という設定は聴いてたけど、スケボーまでできるとはびっくり!」というコメントとともに、連載開始お祝いのイラストを送っていただいた。スケボーを操るすまいぬ、かっこいー。みどりのさん、ありがとうござい

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0295:小説『やくみん! お役所民族誌』[1]

0295:小説『やくみん! お役所民族誌』[1]

第1話「香守茂乃は詐欺に遭い、香守みなもは卒論の題材を決める」(1)

 ぎゅっと背後から体に腕を回し、首筋に当てた鼻から、すうっ、と息を吸い込む。嗅ぎ慣れた恋人の体臭は鼻腔から脳に染み渡り、心地よく力が抜けていく。
「みなちゃん、もぎゅられるとネクタイ結べないんだけど」
「んー、あとひと吸いだけ補給ー」
 すうっ。じわじわっ。
 朝。二人が半同棲生活を送るアパートの洋間。そろそろ時間だと、分かっ

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0293:小説『やくみん! お役所民族誌』連載前口上

0293:小説『やくみん! お役所民族誌』連載前口上

(1)はじめに 小説『やくみん! お役所民族誌』は、架空の自治体・澄舞(すまい)県の消費生活センターを主舞台にした公務員小説です。

 消費者行政という仕事は、法律によって与えられた行政調査・行政処分の権限を武器として悪質業者に立ち向かい、消費者の被害回復を支援する、いわば正義の味方。そこには住民から日々さまざまなトラブル相談が持ち込まれ、その解決に向けてドラマが生まれます。

 筆者は某県庁に2

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0286:やくみん覚え書き/公務員経験を物語として紡ぐ

0286:やくみん覚え書き/公務員経験を物語として紡ぐ

 司法書士試験が終わり、一息ついた。もちろん学習はこれからが本番だし、家業やら何やらやるべきこと・やりたいことはいろいろとある。

 その中でひとつ、新しい動きに取り組みたい。以前から情報を小出しにしてきた小説「やくみん! お役所民族誌」の連載開始だ。絵師「みどりの」さんにお願いしていたスタートアップイラストも整い、まずはマガジンヘッダを設定した。今回の記事のヘッダ画像がそれだ(マガジンヘッダとは

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0265:やくみん覚え書き/設定画チラ見せ3

0265:やくみん覚え書き/設定画チラ見せ3

 6月も半ばとなった。7月第一日曜日は司法書士試験、それが終わったら、予告している小説「やくみん! お役所民族誌」の連載を始めたいと考えている。

 これまでに、ちらりほらりと作品関係情報を小出しにしてきた。特に絵師みどりのさんにお願いしている設定画は、ラフ段階のものを2回チラ見せした。

 今回は3回目、主要登場人物の設定ラフ画をお示ししよう。主人公とその家族、舞台となる消費生活センターの職員た

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0240:やくみん覚え書き/設定画チラ見せ2

0240:やくみん覚え書き/設定画チラ見せ2

 一週間前に絵師「みどりの」さんにお願いしているキャラクターデザインのラフ段階のものを一部お見せした。県庁のマスコットキャラクター「すまいぬ」のそれだ。

 今回は主人公のラフ画をチラ見せしよう。

 主人公の名前は「香守みなも」。姓は「かがみ」と読む。大学三年生(作中で年度が替わり四年生になる)で、文化人類学を専攻している。インターンシップで県庁の消費生活センターに三日間通うのだが、その間に家族

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0236:やくみん覚え書き/文化人類学のこと

0236:やくみん覚え書き/文化人類学のこと

 「やくみん! お役所民族誌」は、標題に民族誌=エスノグラフィを謳うように、主人公に文化人類学の学生を据えている。

 私は文化人類学を専攻していたわけではない。学部時代に接点のある学問領域を専攻していたので多少横目で眺めていた。当時、それまで民族学と呼ばれていた学問領域が文化人類学と呼ばれるようになる、その変わり目の時期だったと思う(厳密には両者はイコールでないけれど)。それでもまだ非専攻生にと

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