レモンティー
喫茶『南風』でバイトすることになった。
高校生の頃にもバイトしたことがあるし、どこぞの南風と違い、小粋なことは言えなくてもいいらしい。
「次の勤務も来てくれる人。
明日も生きる程度の元気がある方。
挨拶はしてね。店主豆腐メンタルだから」
それだけ、書かれた張り紙で募集していた。
普通の人が見れば不安しかない張り紙。
以前の経験もあるし、僕はハードルの低い人間だ。いざとなれば逃げればいいか。話のネタにはなるだろう。そんな軽い気持ちで応募した。
このくらいの気持ちがなければ、どこかの不思議おじさんと暮らせないだろう。これについての説得力は自信がある。
そこでバイトをしているとマスターが近くの和菓子さんとコラボした夏限定メニューを試食してくれという話があった。
この喫茶店で作ったコーヒーから作った珈琲琥珀糖。
アイスレモンティーの中に浮かぶ和菓子屋の琥珀糖。
この2つが限定メニュー候補でどちらを出したいとのこと。
「夏らしさとか見た目はアイスティーの方が好きですけど、味としては珈琲琥珀糖の方が好きかもです」
「んー、そうかー。どっちがいいかなー」と7月に入ってから、不思議おじさんとやり取りすることが多かった。だからこそ、普通のやり取りができることに、日常に戻れたほっこりした気持ちになっていた。
カランカラン
小気味良いドアベルの音が来客を迎える。
「いらっしゃいませ!」ほっこりした気持ちを残して僕は爽やかな声を作り挨拶をした……のに、そこにいたのは、不思議おじさん…チャーミーだった。
「いやぁ、あっつい!あっつい!しんどいわぁ!人間の世界の夏は本当にあつくてかなわんなぁ!」とおしぼりで顔を拭く江戸仕草ならぬ昭和仕草。
またドアベルが鳴る。チャーミー見たテンションを引きずったまま「らっしゃせー」と心がこもっていないおもてなしの言葉を口にする。
若い女性と、妙齢の女性の二人組だった。
若い女性の方を見た時。
僕は呼吸を忘れる。
ボブカット(わかんない人はおかっぱと読み換えてください)丸みをおびた優しげな目に、ほんのりピンクの口紅が似合っている。
たぬき顔といえば良いんだろうか。
白いキャミソールワンピースの下に水色のシャツを着ている。
小柄で華奢な女性に透明感を与えている。
ベタ褒めの表現で分かっていただきたい。
一目惚れってやつだ。
「おう。注文いい?」
僕を呼ぶおじさんの声。
あー、そういえば、季節外れだから節分の文化は教えてなかった。珈琲豆はあるし。
「鬼は外!鬼は外!」と豆をぶつけたい気持ちを抑える。
「冷コーとロールケーキのセットで」どこで覚えた? その言い方。アイスコーヒーのオーダーを通す。
「すみません。注文いいですか?」先程のの女性の声。声まで可愛いとか天使かな?
さっき飲んだ琥珀糖入りのレモンティーのような声。ほんのり甘さと、青く爽やかな若々しい酸味と、透き通る色の声。
スキップしたい気持ちを抑えて、キリッとした顔を作り、若干男らしさを意識して、普段より低めではっきりした声で「おうかがいします」と姿勢を作る。
「アイスコーヒーとロールケーキのセット2つお願いします」
「かしこまりました。アイスケーキとロールケーキセットお2つでよろしかったですか?」
普段は「はい。アイスケーキとロールケーキのセット2つですねー。」だけど。
次回に続く。
2024年 文31題 day5 琥珀糖
後書き
長くなりそうだし、一旦区切って、次のキーワードにぶん投げます。
あと次回は語り手をチャーミーに切り替えます。書いてみたけど野呂さんは恋愛になるとIQ下がってしまうタイプのようです。
自分で書いてて「うわぁ……」と思いましたもん。
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