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困難な状況を笑いに変える力――『トレバー・ノア 生まれたことが犯罪!?』が強烈に面白い

えてして偶発的に選んだ本が面白かったということがある。『トレバー・ノア 生まれたことが犯罪!?』が、まさにそうだった。先日、日本に帰国して英治出版に行ったところ、本書の試読版が置いてあった。なんとなく気になりハノイに持ち帰って読んだのだ。

それまでトレバー・ノアのことは知らなったが、南アフリカ出身のコメディアンでいまアメリカで活躍中である。元々スタンドアップという一人語りの「芸」で一世を風靡し、2015年に「ザ・デイリー・ショー」という風刺を利かせたニュース番組の司会に抜擢され、全米に知られる存在になったという。

トレバー・ノアは、1984年に黒人の母親と白人の父親の元に生まれる。当時はアパルトヘイトの時代で厳しい人種隔離政策が実施されており、白人と黒人との結婚は法律で認められていなかった。本書の原題「Born a Crime」が意味する通り、それは「犯罪」なのである。つまりトレバーの人生は、生を授かった時から波乱ぶくみであった。

そんなトレバーの生い立ちを自ら描いたのが本書だ。生まれた経緯がそうだったことから、両親は法律上の結婚をしていない。母親に育てられたトレバーだが、肌の色が違う母親と人前で一緒に歩くことが許されない。学校では黒人からも白人からも仲間と認められず、常に自分の居場所を探す人生。おまけに常に貧困がつきまとい、彼自身、違法コピーなどで生活費を稼ぐこともしばしば。おまけに新しい父親との葛藤も加わる。壮絶な人生という言葉でさえも、想像しがたい壮絶さがある。

そのトレバーが全米を轟かせるコメディアンとなる。彼自身の生き方も素晴らしいのだが、それ以上に印象的なのが、トレバーの母親の生き方である。黒人一家に生まれた母親は、十分な教育も受けずに育つのだが、なぜか独立心旺盛な女性である。一生、黒人として生き方を制限されるのはまっぴらと、自ら英語を取得して、白人社会で秘書としての職を得る。住むところも黒人移住地は嫌だとばかりに、あたかも「お手伝いさん」のようなフリをしてこっそりと白人移住地に住むことに成功。そして子どもが欲しくなった。それは結婚願望ではなく子どもがほしいだけだったと語る。そして、白人の友人であるスイス人にお願いし、トレバーを授かる。もちろん、子どもが生まれた後は「何も迷惑をかけない」と約束までする周到さである。

母親一人で育てると決めた彼女は、その後いくつもの困難に直面するものの、トレバーと一緒にそれらを乗り越える。ここには書かないが、その数々のエピソードが本当に面白い。危機一髪の状況が、この親子にかかるとすべてが「笑いの種」に変わるのだ。そして著者であるトレバーには、それらの危機を招いた状況を当時の社会の状況と結びつけ、風刺を交えて伝える表現力がある。

すべてを笑いに変えるこの親子の才能は一体なんだんだ——本書を読みながらずっと考えていた。自分がコントロールできない困難な状況を受け入れるのは決して易しくない。それを受け入れながらも、従順に従う人生さえも否定したのが、トレバーの母親だ。彼女は、アパルトヘイトがなんのその、好きな場所に住み、好きなような働き方をし、好きな人と子どもをつくり、好きなように子どもを育てた(それで完成したのが、トレバー・ノア!)。黒人だからと生き方を制限されるのはまっぴらゴメンで、「私はやりたいようにするわ」と、自分の人生を生きているのだ。そのために必要なストリート・スマートを身につけ、一度しかない人生を謳歌している。

本書を読むと、トレバーの母親はまさに「生きる力」に満ちた人の典型だと思う。「生きる力」を身につけることは、まさに教育の究極の目的ではないだろうか。それを、(失礼な言い方かもしれないが)アパルトヘイト下の南アフリカで十分な教育を受けることができなかった黒人女性が、しっかりと身につけたのだ。

ないものをねだってもしょうがない。人が何かを学ぶ機会は僕らの周りにも転がっているはずだと、本書を読んで思わざるを得なかった。

PS.トレバー・ノアに興味を持たれた方は、Netflixに2つの番組がある。一つはドキュメンタリーでもう一つは実際のスタンドアップショーの番組だが、どちらも日本語字幕付きでおススメです。
Youtubeでは、下記に字幕付きの動画があります。https://www.youtube.com/watch?v=nNPZAoEgsck


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プロデューサー/編集者。新しい音声メディア「VOOX」編集長。書籍『シン・ニホン』『妄想する頭 思考する手』などのプロデューサー。その他、企業や組織の新規事業や組織開発プロジェクトにも参画。元ハーバード・ビジネス・レビュー編集長。 voox.page.link/tw