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読み始めると、仕事が滞おり生活リズムが崩れる。――『編集とは何か。』

知り合いのTwitterで知ったこの本。『編集とは何か。』という書名に、編集者の端くれとしては見過ごせるはずもなく。手元に届いて驚いたのがその厚さだ。新書なのに、732頁もある。思わず笑ってしまい、これは全部読まないかもしれないなと思った。

机の片隅に積んでいたのだが、この厚さが思わず手にとりたくさせる。仕事中パラパラとページをめくっていたら、読み始めていた。そうしたらやめられない。朝の仕事前に1時間、移動時間の間、昼食後の腹ごなしの時間、そして夕食後にカフェに出かけて閉店まで。3日ほど仕事が滞りながら普段の生活リズムも崩して読み通していた。見事にハマってしまった。

本書は編集者でもある奥野武範さんが、同業の先輩編集者14人にインタビューしたものをまとめたものだ。「ほぼ日」で連載されていたものを書籍化されたのだ。登場する編集者がまずは魅力的である。雑誌も書籍も、文芸・漫画もあれば、写真集、絵本、アート、医療系の編集者までいる。これら14人の話から「編集とは何か」を問いのがこの本なのだが、このわずか6文字の問いに対し、732頁を費やしたということなのだ。それもそのはず、これだけ多様な領域をカバーする「編集」という作業は、定型的なものよりも、コンテンツごとの違いが遥かに大きいし、もっと言ってしまえば「その人」ごとの違いがどれだけ大きいか。

つまり、14人の編集者へのインタビューという体裁をとりながら、抽出されるのは編集の共通項ではなく、ここに登場する14人の固有の個性である。その意味で、この本はクリエイティブな仕事をしてきた、偏った個性の面々の魅力を余すことなく伝える人物伝なのかもしれない。

何より面白いのがコンテンツをつくる人ぞれぞれの動機である。編集者を目指してなった人もいれば、気がついたらなっていた人、いまだにその意識がない人もいる。どんな雑誌や本を作ればいいのか?この途方もない問いに、「どんなものが売れるか」は霞んで見えるほど小さい。ここに登場する稀代の編集者たちは、世に受け入れられたコンテンツのそもそもの動機が、ほぼ自分の体験で始まっている。『デザインのひきだし』を創刊した津田淳子さんは「自分のつくりたい本をつくるために、つくっている」と言い切る。和歌の研究者だった姫野希美さんは写真集を編集することになったきっかけを「わたしが『これは、すごい!』と思った、良し悪しの判断もできなくなるくらいに強く惹かれて、巻き込まれてしまったものに、自分の存在を懸けることができた」と言う。

つまりこの本には、社会が規定する編集者という枠が無力化されていて、14人のそれぞれの人が「自分の理由」から、コンテンツを生み出している様相が描かれているのだ。企業が新製品を出す際に取る、市場調査やユーザーアンケート、競合分析や市場差別化といった、市場や競合相手への目線が先行する世界とはまるで別世界なのが痛快である。念のため断っておくと、本書に登場する編集者は、市場で売られる商品をつくる仕事をしている人たちだ。決して、文化遺産や非営利コンテンツを作っているわけではない。なのに、これらの編集者の仕事から、すっかり社会に根づいたコンテンツが生み出され、文化の一部になっているのだ。

こういう本を編集者しか読まないのは、もったいない。どんな製品もサービスもコンテンツである。世の中に新しいものを生み出すのは、どんな仕事でも一緒だし、仕事でなくても社会は人が生み出すもので作られる。せめて仕事で企画に携わる人にはぜひ読んでもらいたい。

この本の読書体験は従来の「新書」とははかに異なり、雑誌を読んでいる体験のようだった。14人へのインタビューが並んでいるだけのようで、無数のお遊びがある。本書をまとめた奥野さんは子供の頃に雑誌『VOW』に夢中になり、それが編集者になることに繋がったそうだが、その『VOW』の名物編集者お二人の対談が本書の中では、コラムのように何回も登場する。これがサーカスにおけるピエロのような役回りを果たし、何人かのインタビューを読む間の「空気の入れ替え」になっている。最後に登場するのは、中央公論や新潮社を経てほぼ日で「ほぼ日の学校長」を務められていた河野通知さんである。ほぼ日で奥野さんの先輩?にあたる編集者だ。その河野さんへのインタビューは、これまで13人へのインタビューへの総括のように、お二人で語り合う。いわば、読後の感想戦を誌上で展開している。この長い長い本を最後を飾るのに実に相応しい。

そして、これで終わりかと思ったら、「あとがきにかえて」と題して、元『週刊プロレス』編集長のターザン山本!さんへのインタビューが始まる。異人・変人が多い編集者の中でも、異端の人だ。山本さんは「編集長は独裁政権だ」「編集部員が何を考えていようが俺には関係ない」「うちに休みはない」「事実なんか、どうだっていい」「コンプライアンスばっかり拝んでちゃダメ!」と吠えまくる。そして本書はそのまま終了。最後の最後まで痛快な本だった。


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