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瀧本哲史さんの肉声が伝わる本――『2020年6月30日にまたここで会おう』

8年前。2012年の6月30日に、東京大学伊藤謝恩ホールである講演会が開催された。学生を中心に若者200人以上が集まった場で、2時間以上の熱弁をふるったのは、当時『武器としての決断思考』など切れ味抜群のビジネス書を書き、世に知られる存在になった瀧本哲史さんである。

京都大学の准教授だった瀧本さん。大学の講義は熱気に満ち溢れ、立ち見席が出るほどの人気だったという。それを目の当たりにした編集者は、自分が学生の頃に一度でも受けてみたかったと強く思うほど衝撃だった。そこで、京都でのような講義を多くの若い読者の前でやってほしいとお願いし、実現したのが、この2012年6月30日の講演会である。

ご存知の方も多いと思うが、瀧本哲史さんは昨年2019年8月、47歳で病で亡くなられた。上記の書籍以外にも『僕は君たちに武器を配りたい』『君に友だちはいらない』『ミライの授業』など、明晰なロジックと強いメッセージを兼ね備えた本を出し、多くの読者を惹きつけた。大学の教員、ビジネス書作家という顔だけでなく、負債を抱えた企業の再建や、エンジェル投資家としても多くの若いスタートアップを育てた実績を誇る。瀧本さんにお世話になったという人はどれだけいるだろうか。

僕もその一人だ。ビジネス誌の編集長を務めていた頃に知り合い、執筆や取材の協力のみならず、どんな相談も面白がって一緒に考えてくれる人だった(こちらのブログを参考にしてもらいたい)。

本で読むのと実際にお会いするのとでは、まるで印象の違う方であった。何より本の内容は論理明晰なのだ。ここまでわかりやすく、まっとうな考えを論理的に構築する、いわゆる「相当頭のいい」人という印象である。ナイフのような切れ味鋭い筆致が、読む人に緊張感を与えることもある。それがお会いすると初対面は愛想がなかったが、実際には感情と愛情あふれ、求められればとことん相手に尽くそうとされる。サービス精神も旺盛で、回転速度の早い頭から繰り出される真理をジョークで包みながら、早口でまくしたてる。一種の漫談のような面白さもある。この口調も瀧本さんが愛された理由の一つだ。

前置きが長くなってしまったが、本書『2020年6月30日にまたここで会おう』は、冒頭の2012年に開催された東京大学での講演会の内容をそのまままとめたものだ。

本書の編集者は、この講演会を開催し瀧本さんのデビュー作から関わり続けた柿内芳文さんである。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』『嫌われる勇気』『漫画 君たちはどう生きるか』など数々のベストセラーを出した編集者であり、星海社新書の初代編集長でもある。

昨年9月の「瀧本哲史さんを偲ぶ会」で柿内さんにお会いして以来、話すことが多くなった。瀧本さんは「若い人に武器を配る」という姿勢が一貫していた。一緒に仕事をした柿内さんも「授かった」一人として、自分が何ができるか自問した。そこで思い出したのが、この2012年の講演会だったという。音声を取り出し文字にする作業を昨年末から始めたという。もともと、話し言葉と書き言葉は別物で、話した内容を文章にするのは相当大変である。音質もあまり良くなかったそうで、おまけに早口の瀧本さんである。肉声を聞く辛さもあっただろう。ご本人に確認する術がない中、本書は講演の内容を忠実に再現している。なんせ、冒頭は「はい、瀧本です。とくに今日は自己紹介する必要もないと思うので、パーッと進めますね」から始まるのだ。

そんな編集プロセスを経てまとまったのが本書である。柿内さんも「瀧本哲史という教育者の、最盛期の授業を収めたもの」と紹介するが、その迫力が文中から行間から、そして頁をめくりながらひしひしと伝わってくる。「ダメダメになった日本をよくするのは、あなただ」という一貫したメッセージの中、偉人の知られざる話や戦略思考や交渉思考の具体的な話、そしてウィットに富んだ比喩やブラックジョークも繰り出される面白さだ。

この本が成し遂げたのは、「人としての」瀧本さんの肉声が限りなく伝わるようにしたことだ。従来の本が、「戦略家としての」瀧本さんや「教育者としての」瀧本さんの思想や醍醐味は十分に伝えられてきたが、実際に会って感じる、労を惜しまず尽くしてくれる「人としての」瀧本さんがここにいることだ。まるで、目の前で瀧本さんが話しているかのようだ。決してスマートとは言えない滑舌でかつ、まくしたてるような早口。しかも終始笑いながら、自分も楽しんでいるかのような話しぶりが伝わる。

本書で「ボン・ヴォヤージュ」という言葉が紹介されている。フランス語で「よき航海をゆけ」という言葉で、船長同士が挨拶をする時に使われる言葉だという。船長は自らリスクを負って自分で意思決定を下す人であり、船員同士ではこのような挨拶はしないという。つまり「ボン・ヴォヤージュ」はお互いにリスクを背負っている人同士のリスペクトの言葉なのだ。

本書では、一貫して日本を良くするために何かをしようと訴える。カリスマが世界を変えるのではない。自らリスクを負って、仕掛ける小さなリーダーが無数に生まれることで、ダメダメと言われる日本が元気を取り戻すのだ。このまま僕らが何も仕掛けないと、日本は本当にオワコンの国になってしまう。

そして、「2020年6月30日までに、やはり何かやりましょう。僕もそれまでに何かやりますので、みんなで答え合わせをしましょう」と締めくくる。これが書名の由来である。

瀧本さん先に紹介したように何冊もの書籍を出し、幾つもの起業を支援し続けた。どこかに属するよりも、一人でゲリラ戦を続けた人だ。その瀧本さんは「ボン・ヴォヤージュ」と挨拶を交わせる仲間を一人でも多く増やしたかった。そのためのメッセージが積み込まれたのが本書である。

小さなリーダーを生み出すゲリラ戦を仕掛けた瀧本さんはもういない。この8年で日本がどれだけ変わったかより、自分が何をやったかを問われる。しかし、ばら撒かれたゲリラの遺伝子は生き残り、これからも増殖し続ける。本書は、この遺伝子のベースキャンプになるに違いない。この本とともに瀧本さんが焚きつけた火は灯し続けるのだ。


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プロデューサー/編集者。ダイヤモンド社にてビジネス書編集者、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長などを歴任し2017年に独立。2018年3月からハノイに3か月在住し、6月よりラオスのビエンチャンに3か月滞在。現在は東京。書籍『シン・ニホン』などをプロデュース。
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