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その仕事にどこまで時間をかけるか?

いいアイデアは時間をかければ生まれるか

書籍や雑誌の編集をしていて、ずっと悩んでいたのが、どこで仕事を終えるかである。例えば、タイトルを決めるという仕事。「いいタイトルができた」と思っても、一方で「もっといいタイトルが見つかるのではないか」と考える。あと1時間考えると、もっといいタイトルが出てくるのではないか、と。原稿作成も同様である。書き上げたものを推敲し、何度か手直しする。

一人前の人なら及第点を超えているかどうかは判断できる。でも「もっと原稿をよくできるのではないか」という思いは常にある。これは根気との勝負である一方、どれだけこの仕事に時間を使うかという自分のリソース配分の問題である。

新聞、ラジオ、テレビ、出版、今ではネットもそうだが、メディア業界といえば、長時間労働の典型のように思われる。この原因は、コンテンツ作りの終わりを決める難しさにあると思う。「今日中にやる」べき作業も、それが就業時間が終わるまでを意味するか、あるいは自分の時間を使って深夜まで取り組むか。少しでも時間を増やすことで、その仕事の質が良くなるのではないかと粘ってしまう。最後の最後まで、細部にこだわるのも創造性あふれる人の特徴だ。

「仕事の終わりを決める」問題はケリがつくか

この「終わりを決める」問題は、コンテンツの評価基準がスペック化できない点から来ている。「あれはいいコンテンツだ」と言うのは簡単だが、「いいコンテンツ」とは何かを定義するのは難しい。実際に受け取ってみて「面白かった」「面白くなかった」は言えるが、面白いものの条件は一様ではなく、思わぬところから「面白さ」が出てくることがある。つまり「面白い」のスペックがない。

一方で、これは他の仕事でも遭遇する現象ではないか。
営業の仕事でも顧客への提案資料を明日までにつくるとする。「よく仕上がった」としても絶対に受注したいと思えば、200%隙のない完成度のものを仕上げたくなる。後から「やりすぎ」だと分かったとしても、「もっとやっておけばよかった」という後悔はしたくない。ならばと、睡眠時間を削ってでもさらに良くしようとたくなる。

新規事業の戦略策定も同じ側面がある。どれだけ分析しても、新規事業はやってみるまでわからない。仮説の検証を繰り返しても、さらに検証すべき仮説はないかと考えだすと、どこで意思決定をすればいいかわからなくなる。不確実要素を減らすことはできても、ゼロにはできない。こういう仕事も「仕事の終わり」が決めるのが難しくなる。

つまり、定型的ではなく不確実性が伴う仕事全般に、この「仕事の終わりを決める」問題はあるのではないか。クリエイティブな仕事とはそういうものだが、「自分が納得するまでやる」のはプロフェッショナルの仕事ではない。

他のプロフェッショナルに学ぶ仕事の終わり方

この悩ましい問題にどう対処すたらいいのか。

一つは、有限性のあるクリエイティブに学ぶことである。それは美容師さんや料理人のような仕事である。

美容師さんは、お客の髪型をよりよくしようとしても、何時間もかけていいわけではない。一定の時間で最大限の効果を出すことを繰り返す。そして、短くした髪は長くは戻せない。プロセスを後戻りできない難しさは相当なものだろうが、それを日々繰り返している。料理人も同様で、その状況に応じた時間の中で最高の料理を出すのがプロフェッショナルである。

コンテンツ作りも、効果の無限性を信じながらも、かける時間を決める。これは一種のゲームである。例えば、タイトルを決めるのは1時間以内にする、と決める。リソースは時間であろうとお金であろうと有限なので、その中でやるしかない。最初は不安で100%満足できないものだったとしても、このゲームに慣れると限られた時間でクオリティの高いアプトプットを出す力が身につく。

以前、ライフネット生命の会長だった出口治明(現・立命館アジア太平洋大学学長)さんに「優秀な部下をどうやって伸ばしますか?」と質問したことがある。出口さんの答えはシンプルで「仕事を詰め込みます」というものだった。それは多くの仕事を与えることで、短時間で質の高い仕事をこなす力が培われる、という趣旨だった。

もう一つは逆説的だが、仕事に完成はないと考えることである。
知り合いの画家の方に「描きながら、これで完成だと思える決め手は何ですか」と伺ったことがある。この方は少し考えた後、「一つの作品で創作を完結させると思ってないんです」と答えられた。それぞれの作品を、その時の自分を映し出している。もちろんどの作品にも最高のものを目指すのだが、絶えずもっと素晴らしいものが生まれると信じて次の作品に向かうという。

仕事はどれ一つ同じものはないが、かといって1回で終わるものではない。自分の可能性を信じるのならば、クリエイティブの可能性は無限に出てくるはずである。仕事は区切りをつけなければいけないが、クリエティブには終わりがない。その時点で最高のものを生み出すしかなく、それは「永遠の未完」の連続かもしれない。結局、終わりはないと悟ることで、どこかで終えることができる。


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