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「今日何をすべきか」から「100年時代をどう生きるか」までを繋ぐ本

外出自粛に伴い全国の書店が休業を余儀なくされているという。ネット販売も書籍の配送は遅れがちだとも聞いた。それに伴い出版社も、新刊の発行を控える動きがあるそうだ。そんな中、刊行されたのが本書『フルライフ』である。

まずはこんな時期でも刊行されたことに拍手を送りたい。
本は生活必需品ではないが、本の出版が止まった世界はつまらない。読みたい本は新刊ばかりとは限らないが、世の中に新しい知が公開(publish)されること、これこそ大げさかもしれないが、人類の営みの進歩である。どんな状況でも人の歩みを止めてはいけないと思う。

そして『フルライフ』は、奇しくもいまの状況にタイムリーな内容だ。

多くの人が外出を制限され、自宅で過ごす時間が多い。人との交流がすくなくなると自然と内省する時間が増える。ましてや時間はたっぷりある。これまで朝から夜までスケジュールで埋まっていた人も、いまや否応無しに、自分にとっての過ごし方を考えることが多いのではないだろうか。

書名の「フルタイム」は、「充実した人生」を意味する。どんな人生が充実していると言えるのか。これは個人の価値観にも根ざしていて一言でくくれないのだが、著者は「時間の使い方」で決まると実にシンプルに言い切る。

そう、この本はシンプルで軽快な語り口でありながら、深く人の生き方の根本に迫るのが最大の魅力である。

著者である予防医学者の石川善樹さんは何者だか説明しづらい。健康年齢という概念を世に広めた人であり、その意味で予防医学者として立派な仕事もしているが、石川さんの活動範囲は尽きない。行動科学や計算創造学、概念工学にも傾倒し、ビジネス分野でも企業の参謀役として活躍している。最近ではウェルビーイングに高い関心を示しておられる。
「自分の興味が広すぎるのが悩み」といつか仰っていたが、どの分野でも知識を蓄えるだけでなく、新しい独自の見方を提示される。

そして広範囲で活躍される著者の本領は、何事も根源から見ようとするその姿勢である。本書でもその特徴が随所に現れている。例えば、冒頭から「フルライフ(充実した人生)とは何か」と問い「よい1日とは何か」と愚直な問いを繰り返す。このように当たり前のようでありながら定義されてこなかった言葉を、一つひとつ明確にして積み重ねていく書き方が、読み手の思考を刺激する。

本書では人生を3つのステージに分ける。最初は、自分の能力を高めるハードワーク期。二番目が、培った能力を活かし自分ならではの価値を生み出すブランディング期。そして最後はそれらを使ってことを成し遂げるアチーブメント期である。それぞれをいかに生きるか。それだけだと単なる人生設計の本だが、本書の奥深さは、そこにwell-doingとwell-beingの重心をおくことを横串に語っているところだ。この2つを著者は実にシンプルに、「考えること」と「感じること」あるいは「仕事」と「プライベート」と分類する。そして昨今の働き方改革は、well-beingを無視した議論になっていることも指摘している。

このような時間軸のもと、具象から抽象まで議題は自由に行き来する。
例えば、毎日の時間管理では、「仕事の始め方と終わり方」が大切だという。始め方の重要性は、僕も特にフリーランスになって嫌というほど実感している。何となく仕事を始めてしまうとダラダラとした1日になってしまう。自分なりの儀式を作り、さっと仕事に入ることが重要だ。本書では「うかつに仕事を始めない」という名言が生まれている。

仕事の終わり方はこれまで注意したことがなかった。本書では、1日の振り返りをすることが書かれている。それはいわゆる「To Do」の見直しではなく、「To Feel」の振り返りであると。つまり、その日、何を自分が感じたかを振り返るのだ。

1週間の使い方については、「週の始まりを土曜日にしてみる」という大胆な提案もなされているが、読んでみるとなるほど試してみようかという気になる。

10年という長い時間の使い方については、3つの期間に分けることを推奨する。最初は試行錯誤しながら「種を蒔く」期間、2つ目はそれらが定着して「定型を作る期間」。そして最後が拡大して花を咲かせる期間である。各期間にはそれぞれ目標をおくが、中でも2つ目の期間にどのような目標を設定するかが重要になると指摘する。ここの目標設定によって、大きな花を咲かせることができるのだ。

今のような状況で本書はどう読むか。まずは日々の時間の過ごし方を見直す上でヒントが満載であろう。メリハリをつけて自宅での仕事の生産性を上げるかという視点でもいい。それが、自分の長期的な生き方とどう結びつくのか。つまり読者も本書を読みながら、自然と目の前の具体的なことと遠い先の抽象的なことまでつなげて思考することができるのだ。その意味で、本書のサブタイトル「今日の仕事と10年先の目標と100年の人生をつなぐ時間戦略」という言葉は秀逸である。

つまり、今日どう過ごすかを考えることから人生をどう過ごすかまで網羅している本だ。そして人との交流ができない今の状況のストレスも冷静に見直すことができる。今まとまった時間があるのなら、この時期の過ごし方は次に繋がる活動にできるはずである。こんな時期に、本書を読む価値は大きいと思う。

PS . マニアックな見方かもしれないが、この本は造本がイカしている。カバーと帯、その下の表紙、さらにいうと見返し(表紙の裏)、本扉(本文が始まる前の最初の1頁)という構成が斬新で何度も手にとってみたくなる。色は黒とオレンジとシンプルだが、紙質も工夫されている。普段は電子版で読む人も、これは紙を手にとってみるのをお勧めしたい。


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フリーランス/編集者。ダイヤモンド社にてビジネス書編集者、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長などを歴任し2017年に独立。2018年3月からハノイに3か月在住し、6月よりラオスのビエンチャンに3か月滞在。現在は東京。
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