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【登山道学勉強会】土、水、空気と植生復元#25

前回までのおさらい

ここまでの「土・水・空気」シリーズでは、まず持続可能性には土と水と空気の「循環」が重要なのではないか?という仮説のもとに、地面の中の循環について「水脈」、地面の上の循環の一つとして「」を紹介しました。では次に、地面の上「水」の循環についてちょっと考えてみたいと思います。

地面の上の水の循環とは簡単に言うと「表面流」ということになります。山に降った雨は、その一部は蒸発したり地面に浸透したりしますが、地面の上も流れることになります。これを表面流といいますが、登山道界ではこの表面流は基本的に厄介者と考えられています。しかし、循環や生態系といった要素も併せて考えると、必ずしも厄介者とも言い切れないかもしれません。

また、以前の回(【登山道学勉強会】土、水、空気、水脈 #23)で、日本でよく見られる凹状の登山道が地面の中の循環を担う「通気浸透水脈」や「団粒構造」を破壊してしまっているのでは?という仮説を立てました。そして凹状の登山道はさらに地面の上の循環も阻害していしまっている可能性もあるかもしれません。

これらのことについて表面流という観点からこれらのことについて考えていきたいと思います。前回までは主に「大地の再生」「土中環境」をからとりあげましたが、今回はちょっと変えて、NPO法人飯豊朝日を愛する会発行の『飯豊連峰の登山道保全マニュアルー荒廃の要因と対策ー』から見ていきたいと思います。こちらは基本的に会員の方用に作成されたもののようですが、在庫があれば実費で譲ってもらえるとのことです。

NPO法人飯豊朝日を愛する会HPより


雪田草原の植生復元活動

この中から今回取り上げるのは主に御西岳周辺の雪田草原における植生復元に関する部分です。凹状になった登山道をよくよく観察すると、山側の斜面上部ではイネ科の植物が法面をオーバーハングするほど成長していたそうです。しかし、谷側の法面はそこまで成長が見られません。また、侵食の度合いも谷側の方が後退していました。

これは、山側の斜面は上部から水分や養分が供給されるのに対して、谷側がそれがないからではないかと推測されています。


植生復元活動の結果

そこで、登山道に岩やヤシ土嚢を使って小さなダムをつくります。この小さなダムには流れる水の勢いを弱めて侵食を防ぐ役割と、侵食された土砂を貯める役割があります。登山道に小さいダムを作り続けると、登山道の底が高くなっていき、水が登山道外の斜面に排出されるようになります。するとどうでしょうか、ある年突然、イネ科の植物だらけだった場所に花畑が現れました。

凹状に登山道によって水の循環が遮られ、乾燥に強いイネ科の植物だらけだったところに、水や土砂や種子が流れることによって水分を好む植物が回復したのではと考えられます。このように、植生復元においてはその場所の本来の循環を取り戻すことが重要なのかもしれません。


山の機嫌を伺う

今回は、植生復元活動から表面流が登山道の周辺の環境に与える影響について考えてみました。地表を流れる水は登山道を侵食する厄介者と捉えられがちですが、実は植生を回復したり維持したりするためには重要な要素かもしれません。つまり水はかならずしも悪者ではないのではないかということです。

飯豊朝日を愛する会では植生復元を含め山の保全活動が行われてきました。当初は失敗もあったそうですが、その都度見直しながらノウハウが積み重ねてきて、今回紹介した『飯豊連峰の登山道保全マニュアルー荒廃の要因と対策ー』はこれまでの活動の集大成的なものだと思います。山の保全活動に携わる人間が知っておくべきことがたくさん書かれています。

最後に、飯豊朝日を愛する会の保全活動をする上での合言葉を紹介します。それは「小さく、数多く(細かく)、根気良く」です。これを具体的説明すると、

①小さく試してみること、
②効果を見極めること、
③その効果を踏まえて、同じ工法を継続するのか、改善するのか、別な工法に切り替えるのかを判断すること

『飯豊連峰の登山道保全マニュアルー荒廃の要因と対策ー』

ということです。山、とくに高山帯はいろいろな要素が複雑にからみあった環境です。その場の状況に応じた対応が必要ですが、それらをすべて見極めるのはプロでも困難です。しかし、やってみなければ分からないこともありますし、技術や経験も身につきません。むしろ失敗するからこそ学ぶことができるわけです。かといって脆弱な環境において大きな失敗は取り返しのつかない事態を招きかねません。だからこそ、小さくやって試して、失敗してそこから学びながら、対応していくことが大切なんですね。


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