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【登山道学勉強会】土、水、重力 #5

第5回 登山道学勉強会

登山道を科学的な視点から見てみる登山道学勉強会の第5回目です。今回は登山道を構成する物質の一つである「」に着目してみたいと思います。

普段の生活ではあまり重要視されない土。それどころか「汚れる」「虫が湧く」「歩きづらい」「ドロドロ」などネガティブなイメージを持たれていることもあります。しかし、登山道やトレイルについて考える上では最も重要な物質と言えます。それどころか、自然や生態系、そして人類にとって最も重要な資源こそが土なのです。某古典部部長の千反田えるも「米作りは土作り」という言葉で土の重要性を説いていました。

では、登山道においてなぜ「土」が重要なのでしょうか?それは登山道が抱える問題の一つである「登山道の荒廃」に大きく関わってくるからです。日本の山岳における諸問題を語る上で、いつも出てくるのが「登山道の荒廃」という言葉です。登山道の”荒廃”とは具体的にはどういう状態を指すのでしょうか?”荒廃”の定義はいろいろあると思います。昔からあった道が使われてなくなって藪で覆われてしまうのも”荒廃”と言われますし、崖崩れで登山道が使用できなくなってしまうのも”荒廃”と言われます。以前まとめた、マガジン山岳保全大全「登山道の”荒廃”に学ぶ、登山道荒廃メカニズム」では、登山道の荒廃を次の3点にまとめました。

①登山道の問題
  →「土壌侵食(下方、側方)」と「植生破壊(複線化を含む)」
②付帯施設の問題(危険、歩きにくい、分かりにくい等)
  →「階段工、柵、木道、道標の不備」
③荒廃の予兆
  →「泥濘」と「笹ハイマツ被り」

登山道の”荒廃”に学ぶ、登山道荒廃メカニズム

この中の”①登山道の問題の「土壌侵食」”を防ぐためには土への理解が欠かせません。そこで、まず初めに「そもそも土とは何なのか?」土と人類と関係性を学び、次に登山道における土について考えていきたいと思います。


土の文明史

では「そもそも土とは何なのか?」という問いを考えるために、今回はデイビット・モンゴメリー著の『土の文明史 ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』を参考に見ていきたいと思います。

文明の寿命

本書は”文明史”と銘打っているだけあって、土がいかに人類にとって重要な資源であるのかを、過去の歴史を事例に出しながら紹介しています。土という資源がどうして失われるのか、それによってなぜ文明が滅んでしまうのかを知ることができます。

過去の歴史を見ていくと、文明が滅ぶにはある程度パターンがあることが分かります。そのパターンの一つが以下の通りです。

①農業によって人口が増える
②食糧を得るために樹を切って農耕面積を広げる
③土の栄養、または土そのものが失われる
④作物の収穫量が減る
⑤少ない資源巡って争いが起きる
⑥文明が滅ぶ

土は生態系の土台となっています。土があるから植物が育つことができるので、その上位の動物が生きていくことができるのです。その土が失われるところから文明の崩壊が始まるのです。文明の寿命は土が決めていると言っても過言ではありません。

このように、土によって文明の運命が左右されてしまうのです。この辺りに関する詳しい内容は本書を読んで頂きたいと思います(また同じような内容ではジャレド・ダイアモンド著の『文明崩壊(上・下巻)』もオススメです)。

土はどうしてできるのか

ところで、そもそも土はどのようにして出来るのでしょうか?本書ではまず初めにチャールズ・ターウィンが登場します。進化論で一世を風靡したダーウィンですが、ダーウィンの最後の著作はミミズがいかにして泥と朽ち葉を土壌に変化させるか、というものだったそうです。

土とミミズの関係性に着目したダーウィンは、テラリウムの中でミミズを飼って観察しました。そして分かったのが、ミミズは朽ち葉を分解するだけでなく岩を砕いて鉱質土壌に変えていることでした。その証拠にミミズの体内からは小さな岩石と砂粒が見つかったのです。ミミズは岩石と有機物を混ぜ合わせて土壌を作る手助けをしているのでした。また、実際に土壌がどれくらいのスピードで作られているのかを、放置された建物がどれくらい新しい土に埋まっているかで調べたところ、100年で1cm〜2.5cmの土が生まれていることが分かったそうです。

ミミズの他にも土を生み出す働きをしているものがあります。例えばジリスやシロアリなどは砕けた岩と土を混ぜ合わせます。植物の根っこは岩をこじって割りますし、倒れた木が岩を破壊しして土と混ぜ合わせることもあります。気象条件による凍結と融解も岩を破壊し土と混ぜ合わせる作用を生み出しているのです。

このように土は様々な作用によって岩と有機物が混ざり合って生み出されています

土と生態系

土があるから植物は陸上で育つことができます。植物は落ち葉や腐敗した動植物の死骸という形で有機物を土壌に供給します。また土はミミズや微生物などの棲家にもなります。それらの土壌にいる生物は有機物を分解するとともに、岩の風化を促進させ、岩に含まれるカルシウムやナトリウムなどの養分を植物に与えます。このように土は、あらたな生命に必要な養分を生み出すフィルターの役割を担っています。

また、土壌の厚さは土を生み出すスピードと、土壌を侵食するスピードのバランスによって決まります。土壌が厚くなると岩を破壊する作用が及ばなくなり、土壌を生み出すスピードも落ちます。そうすると岩に含まれている生命に必要な養分も供給されなくなります。かといって侵食のスピードが早すぎると土壌が形成されず植物やその他の生命も生きることができません。先ほど登山道の侵食の問題を出しましたが、実は侵食という現象も生態系には不可欠なものなのです。ただし、土をすべて押し流していまわない程度にです。

土の層

次に土の層に触れておきましょう。大きく5つに分けることができます。上からO層(またはAo層)、A層(表土)、B層(下層土)、C層基岩です。

O層は土というより土になる前の状態で、一部分解された落ち葉や枝などの植物性の有機物の層です。
A層は分解された有機物が無機物と混ざり合った層で、養分を多く含んだ層です。私たちが一般的に土と聞いてイメージするものです。
B層は有機物が少なく養分はあまりなく、粘土質の層です。
C層はその下の基岩の岩石が風化し始めている層です。

O層とA層は雨や風によって侵食されやすいです。A層は養分に富んだ肥沃な土で農耕に適していますが、この層が失われると作物が育たず収穫量が下がってしまいます。そのため、先の文明崩壊の話でいくと、A層が失わないことが重要となります。

土性

土の層にはいくつか種類があることが分かりました。次に土の性質をみていきましょう。土と一言でいっても、土を構成する粒子の種類と割合によっていくつかに分類することができます。まず粒子には大きく3つのタイプがあります。それは「サンド(Sand 砂)」「シルト(Silt)」「クレイ(Clay 粘土)」で、粒子の大きさが違います。

「サンド」は水捌けは良いので保水力は低く植物が育つのには適しません。それに対して「クレイ」は水を吸って水捌けが悪くなるので、やはり植物が育つのは難しいです。植物を育つには、ある程度水分を保ち尚且つ水浸しにならない「シルト」が比較的適しています。

土はこの3種類の粒子の配合によって12種類に分けられています。それを図にしたのが下の「Soil texture triangle」です。

soil texture triangle
https://www.nrcs.usda.gov/wps/portal/nrcs/detail/soils/survey/?cid=nrcs142p2_054167より)

ちなみに、この中で最も植物が育つのに適しているのは中心よりちょっと下にある「ローム(Loam)」と言われる土です。そしてこのロームはトレイルを作るときにも最も適した土と言われています。それについては「サステナブルトレイル実践ガイド」の「Understanding Soils」を見ていただきと思います。

さて、日本の山岳において無視できないのが火山礫火山灰の存在です。日本の山は火山性の山が多いため、高山帯の表面は火山性の礫や灰で覆われていることが多いです。一般的に直径2mm以下のものを火山灰、直径2mm〜54mm以下のものを礫と呼びます。ここまでをまとめると次のようになります。

↑ 保水しやすい=水捌けが悪い
クレイ
 0.002mm~
シルト 0.2~0.002mm
サンド 2~0.2mm
火山灰 2mm~
火山礫 2~54mm
↓ 保水しづらい=水は捌けが良い

これらの土性によって保水のしやすさ、水捌けの良さなど性質が異なってきます。登山道を造ったりメンテナンスする上ではこの土性を把握することも重要です。一般的には標高が低いところは保水しやすいクレイが多く、標高が高くなるとサンドが多くなる傾向があります。また土性を把握するためのリボンテストという方法もあります。


ということでここまで土について見てきました。長くなりましたので今回はこの変にして次回以降、登山道においてどのような点に着目すべきか、そして水の力が登山道に及ぼす影響について見ていきたいと思います。


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