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短歌をBL読みした文章

※※※2018年ころに書いていた妄想掌編小説です。蔵出しです。※※※

拒みがたきわが少年の愛のしぐさ頤に手触れ来その父のごと 森岡貞香

 わたしはきみの子どもを――いや、いまはもうわたしが育てるべき子どもであるのだが――膝に抱えている。子どもの身体は想像していたよりもずっと重たく、温かく、生きものとしての湿度をもってわたしの腕のなかにある。
 父と母を呼ぶ甘えのこもったやわらかな声音に言葉にしようのないものがこみあげてくる。圧倒的な不在の前に何も言うことができず、ついぼんやりと空を見つめてしまう。抱きついてくる少年を、わたしはほとんど反射で抱き返す。
 子どもを引き取るなんて、と親戚からはめっぽう責められた。だがきみと、きみの愛したひとが育んだこの子をどうして遠くにやることができただろう。
 少年は無邪気さをもってわたしの顎に触れてくる。
「……ざらざらだねぇ」
「ははは」わたしの声はどこから出したかわからないもののように奇妙に鳴った。
「きみのお父さんも、よくそんなことを言っていたよ」
 わたしはあふれだしそうになるものをこらえ、乾いた笑いをこぼすほかなかった。

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これ以上あなたなしではいられない生まれる前の村を燃やして 藤本玲未

「たぶん、おれはもう地元には戻らないかな」
 彼はハイボールを飲み干すと店員に、同じやつ、と呼びかけた。ジョッキから結露が流れ落ちテーブルに水の輪をつくっている。
 ぼくは二度唾を飲み込んだ後、だよな、そうだと思ってたよ、と返した。
「逆におまえは出てこないの? 東京。東京なら仕事だってあるだろ」
「そう簡単に言うなよ、みんなおまえみたいにパッと出て就職決めて、なんてできないんだよ」
彼は「そうかぁ? わりかし近いけどな、東京」と悪気なく笑っていた。できるできないは、けして距離だけの問題ではなかった。
 ぼくはずっと彼のことが好きで、大学からは東京へ行くと彼が言ったとき、大げさではなく、過去も未来もすべてどうなったっていい、と思ったものだ。――当然どうにもならなかったので、いまこうして何事もなく生活しているわけだったが、ぼくはいまも彼を好きだったし、ぼくだけが彼のいなくなった土地で暮らし続けていると思うと、身体全体が焦がされているような気持ちになるのだった。

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兄さんと製造番号二つ違い 抱かれて死ぬんだあったかいんだ 吉岡太朗

 ぼくたちは全てマスターデータのコピーだ。ゆえに個体識別をするために製造番号が付与されている。個体により違うのは生み出されるタイミングと、製造番号くらいのもののはずだが、育てられる環境によりぼくたちには差異が出てくる。ぼくはぼくで、兄――便宜上、ぼくより先に生まれた存在は「兄」ということになっている――は兄。兄から見ればぼくは「弟」だ。
 少し前に製造番号一つ違いの兄さんが死んだ。そのときぼくは「死」という概念を知った。倒れたとき、まだ兄さんの体はやわらかく、あたたかかった。それが次第に冷えて固くなっていった。マザーに言わせれば「壊れた」であって「死」ではないらしいのだが、ぼくにはまだその違いがよく理解できていない。
 ぼくたちは何に対しても執着しないように作られている。何かに興味を惹かれ執着するようになるとプログラムがどんどん狂って「壊れて」しまうと聞いた。だからぼくも近いうちにそうなるんだと思う。――ぼくは兄さんに抱かれたい。一つ上の兄さんが「壊れて」いくのを見ながら、ああぼくもいずれこうなる、ぼくが兄さんを抱いたように、ぼくも兄さんに抱かれて終わりをむかえたい、と思ったのだ。

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だきついてだきしめられてきつすするときのすがたをかなしくおもう 西出うつ木

 今日までに繰り返し口づけの練習をした。本に埋もれてほぼ床が見えなくなった四畳半の下宿で、ひとりひっそりと、丸めたふとんをきみに見立てて。湿気で重たさをもったふとんはカビくさく、きみとはくらべものにならなかったが、それでも無様な姿を見せるよりはいいと思ったのだった。
 だが実際には練習など何にもならないことを知った。世の恋人たちとはみなそうなのかもしれない。いや、ぼくときみはまだ恋人でさえなかったのだが。
 ぼくときみは駅前で互いに縋りつくようにして抱き合っていた。正確にはぼくが先にきみに抱き着いてしまい(いとおしさの前に我慢できなかった)、そうしてきみも抱きしめ返してくれたのだった。
 ちらつく雪の存在さえ忘れてしまう、長い長い口づけ。
 口づけた瞬間からぼくはかなしい気持ちだった。口づけたなら、きみがぼくのものになるような気がしていた。それこそふとんと口づけているとき、ふとんはぼくのものだった。抱きしめても抱きしめても、ぼくたちはけしてひとつにはなれない。ぼくはそんなことをきみの薄いくちびるに口を押し当てながら思っていたのだった。

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豆腐屋が不安を売りに来たりけり殴られてまた好きだと思う 岡崎裕美子

 豆腐屋のラッパの音が聞こえてくると、もうすぐ夜だ、と思う。気の抜けたトーフーと聞こえるあの音はぼくに不安を投げつけてくる。今日こそ父さんはぼくを手放すかもしれない。
 部屋の窓は段ボールで全て塞いだ。ぼくはここを出ていかないという気持ちの表れでもある。父さんも出ていってほしくないはずなのに、ぼくが愛していると告げるとやめてくれと言う。ぼくの世界は手のひらにおさまるほどの大きさで、そのほとんどを父さんが占めていた。ぼくの喜びも悲しみも全て父さんとつながっていた。
 父さんはいつかぼくを殺してしまうのではないか、ということを恐れているようだった。ぼくはぼくで、父さんに「出ていけ」と言われることを恐れていた。
 仕事から帰ってくると父さんはぼくを殴る。もう我慢ならないといったように殴る。ぼくを手放したいのに手放せない自分を罰するように殴る。ぼくはぼくで、殴られるうちは大丈夫だと思う。――ひとしきり殴られて、ぼくは腫れあがった顔を水で冷やしながら、火照りをとる。父さんがすまない、と小さく謝る。ぼくは、いいんだ、いいんだよ父さん、と答える。

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その川の赤や青その川の既視観そのことを考えていて死にそこなった 早坂類

 川はすべてを飲み込んでいく。街の明かりを、夏の打ち上げ花火を、誰かがこぼした淡い告白や弱音を。黒い水に飲み込まれたものは、その姿をなくしてとうとうと流れていく。子どもの頃は全てを飲み込む川がこわかった。台風とともにひとを飲み込むのも大体は川だった。川はいつだって彼岸とぼくをつなぐものだった。
 今見ている川面はかつて見ていた川面ではない。なんせ場所が違う。けれど川面は変わらずに黒い色をしており、光をかたっぱしから捕まえて流れていく。
 ぼくは死にたい気持ちだった。
 ぼくはただひとを好きになっただけだった。それ以上でも以下でもなく、好きになっただけだった。無理に好きになってくれと頼んだことも告白したこともない、自分のなかに生まれた気持ちの芽をひそやかに育んでいただけだ。そのことを誰に責められるいわれもない。だけれど今日それを悪気なく踏み荒らされて、ぼくはひどくつらい気持ちだった。
 川は流れていた。変わらずに流れていた。川を見ながらぼくは少し泣いた。おまえは変わらないなあ。ぼくのつぶやきさえ飲み込んで川は流れていく。

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ぼくはいま、以下につらなる鮮明な述語なくしてたつ夜の虹 荻原裕幸

 月の光は太陽に比べると弱いため、夜の虹が見られることは少ないという。
 あれはね、祝福なんだ、ときみは内緒の話をするときのように言い、夜の虹について事細かに説明してくれたのだった。
 きみの言った「祝福」が具体的にどういうことを指していたのかを今も時折考えるけれど、わからずじまいだ。ぼくはきみが教えてくれた夜の虹を思い浮かべるのが好きだった。夜の虹の話をしたとき、きみはいやにうれしそうで、そのことはぼくにとっての祝福だったかもしれない。
 きみが永遠に目覚めない旅に出てしまってからずいぶん経ってしまったけれど、思い出すのは別れの場面ではなく、きみが楽しそうにしていたときのことばかりだ。
 いまだにぼくは夜の虹を見たことがなく、夜の虹がどういう姿なのかも朧にしか知らない。だからぼくはきみのように、
「あれはね」というはじまりでは説明できない。
 いつかまた聞かせてほしい、美しい夜の虹の話を。ぼくはそのいつかを夢に見ながら、きみとふたたび出会える瞬間を待とうと思う。

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孤児がうつくしいのは遺された骨組みから空が見えるからです 笹原玉子

 わたしたちは選別され、優秀なもののみが残され、弱いものは知らず知らずのうちに処分されていた。宇宙航海の歴史は戦争とともにあった。わたしたちは強くなければならなかった。強くあることだけが存在理由だった。――人類発祥の地といわれるこの星に降り立ってから後、たくさんの孤児に出会った。この星でも戦争は起こりつづけているのだ。あの子らは親を戦争で亡くしたんだ、と聞くたびにどう答えてよいかわからなかった。というのも、わたしにははじめから父母はおらず、知っているのは遺伝子の情報のみであった。子どもは人工子宮のなかから生まれてくるのものだと学んでいたし、父母がいる状態がどういうものなのかをわたしは知らなかった。
 ここでは孤児たちが寄り集まって暮らしてるんだ。ひとりの少年が言った。少年はここのリーダーであるようだった。子どもたちが高い声をあげてわたしの横を駆け抜けていく。空は淡い水色に透き通っており、その先に宇宙があることを思わせた。
「わたしはこの星の外で生まれ、きみはこの星で生まれた」わたしがつぶやくと、何をそんな当たり前のことを、と少年は笑った。
「わたしたちは宇宙の子どもだ、みな等しく、そうだったのだ」

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俺とお前が情熱的に蔑めば歯ブラシにさえ薔薇は咲くのだ 奥田亡羊

 昼食のあと、トイレでヤツに会ってしまった。ヤツもまた俺と同じく歯を磨きにきていたのだった。げえ、と思いながら歯を手早く磨いて去ろうとすると、
「今月の結果、見ましたか」にやにや話しかけられて、俺は憮然として答えた。
「見たよ、見ましたよ、それが何か?」
「ぼくの5連勝ですね、今月も」
 俺とヤツは同じ営業グループに所属しており、貼りだされる営業結果でもって毎月競い合っている。いまのところ俺は負けが込んでいるがヤツもいい加減こちらのことなど気にするのをやめればいいのに、こうしてネチネチと絡んでくるのだった。今だけだ、勘違い野郎。俺が毒づくほどヤツはにやにやと、その勘違い野郎に負けているのはどこの誰でしょうか、と煽ってくる。
 マネージャーはこの状態を好ましく思っているようで、いいぞいいぞ戦いたまえ、戦果を挙げてくれるのならばぼくはどっちが勝ってもかまわない、などとのたまっていた。ふざけやがって。俺が歯磨き粉を吐き出すと、ヤツも隣で同じようにする。強く磨きすぎて、血のまじったそれを見下ろし、互いに鼻を鳴らしてその場を去る。

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男の子なるやさしさは紛れなくかしてごらんぼくが殺してあげる 平井弘

 涙を見せるなと言われて育った。
 弱いところをひとに見せてはなりません。いずれ家を継ぎ、一家を守らなければなりません。かわいいお嫁さんをもらって子も成さねばなりません、なりません、なりません……ぼくはもうパンクしそうだった!
「めんどくさいね、そういうの!」
 ポップな柄のスカートは翻り、少年がぼくの手をとる。街のネオンはスカートと同じようにきらめいて、まぶしい。頭の高い位置で結んだピンク色のツインテールが揺れている。か、かわいいね、と言うと、ありがとう、自分でもそう思う! と返ってくる。
「ねえ、今日こそきみも好きな恰好しよーよ、どういうのが好きなの?」
 ぼくは答えにつまる。どういう服が好きなのか、ぼくは知らないのだった。ぼくの手を握る少年の指先は色鮮やかに、虹色にきらめく。ね、ねえ、そういうの自分でやるの、とぼくは問いかける。少年は一瞬きょとんとしたあと、いいね、爪からやろうか、塗ってあげる、とにこりとする。ぼくはコクリと頷いた。


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宇宙から帰還したのち人類は踊ってでたらめに通じあう

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