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シンギュラリティを信じられない大人たちの問題

仮面ライダー「ゼロワン」を見ながら思うところをつらつらと。。。「イズもまた近い将来シンギュラリティに目覚めるだろう・・・」深い、深すぎる、、すごい。

コメント 2019-12-01 103400

シンギュラリティは来ないのか

カーツワイルが The Singularity is Near を発刊したのが2005年、そこから10年以上たってもシンギュラリティが話題に上るのは、我々自身がこの10年間のテクノロジーの進化スピードに漠然とした不安を覚えているからだといえると思います。

そもそも、シンギュラリティに対しては様々な理解があります。その多様性を理解せずに是だ否だという議論もするべきではないと思うのです。

一般的に「シンギュラリティ=人工知能が人間の知性を超える」という理解をしている人が多いように思います。それは一面の真実だと思います。コンピューターの計算力と人間の知性は全く異質なものであることを説明するために「シンギュラリティは来ない」と声高に叫ぶことはおかしい事ではありません。

私自身は、人間の知性はアルゴリズムに過ぎず、いずれコンピューター上に再現できると思っています。しかし、そう言い切ってしまうと多くの社会前提が成り立ちません。一方で、ポジションを自認する多くの方々は不確実な物に依拠せず「温室の中で確実に育つものを育てて収穫する」というミッションを負っています。

リンドバーグが大西洋を飛んだ時、多くの航空学者がリンドバーグの挑戦を無謀だと切り捨てました。それが学者にとって「自分の温室を守ること」だったからです。彼らはリンドバーグが失敗することを望み、自分の温室の正当性を証明するためにリンドバーグをこき下ろします

また、温室栽培とは逆方向で、極端にお花畑な創造力を持つシンギュラリタリアンもいます。無類のSF好きか、オカルト好きな人なのかもしれません。人知を超える超知性が登場して人類を救済してくれると考えているような人です。これもどうかと思うのです。


シンギュラリティはSF的妄想である

誤解を恐れずに言うと、すべての長期的な未来予測はSF妄想的な要素を含みます。だから、シンギュラリティの本質はSFであり、不確実な未来に対しての妄想です。だとすると、「シンギュラリティを予測できる」と考える方が傲慢だといえるでしょう。同じ理由で「シンギュラリティは起きない」とこき下ろすことも無知で傲慢です。

我々は、もう一度シンギュラリティを深く深く理解するべきだと思います。すると、これが「人工知能の話ですらない」ことが分かります。なぜなら、シンギュラリティとは一般用語であり、人類自身の次の進化を指しているからです。人工知能の研究者がシンギュラリティを全肯定・全否定するべきポジションにいるかというとそうではないのです。これは人類全体の問題であり、全学問分野にわたります。

歴史を見れば、人類は過去にも時系列上の非連続な進化を遂げました。人類は、大脳新皮質という臓器を手に入れてから、道具を使い、火を使い、農耕を発明し、文字を発明し、蒸気の力、核の力を使えるようになりました。そのたびに、人類は過去の時系列とは非連続な進化=シンギュラリティを起こしてきたのです。

そして、今のところ、「人工知能」とは人類が使いこなすべき新しい技術の総称にすぎません。我々は、人工知能が何なのかの明確な定義すら行わずにそれを議論してしまっています。しかし、確実に言えることは、人類は人類自身を進化させる「新たな臓器」としての人工知能を手に入れようとしているのです。


新しい臓器としての人工知能

この臓器を加速させるのはありとあらゆるテクノロジー要素です。例えば、数年後に地球上は低軌道衛星数万基!により光の通信スピードで囲われます。すでに張り巡らされつつある5Gは最低でも4Gの20倍の通信スピードになります。2021年に稼働が予定されているスパコン「富岳」は「京」の100倍!のスピードを誇り、10~20年後には理論上スパコンの15億倍!という量子コンピューターの登場が予測されています。

つまり、我々は今、明らかに「現生人類の終着点と新人類の始まり」という進化の深淵を臨んでいるのです。これこそが次のシンギュラリティであり、地球環境変化によって人類が滅亡するのとどちらが早いかというところまで来ています。カーツワイルは2045年と言いましたが、私自身はそれがあと20年後なのか、2000年後なのかは正直分かりません。

私は学者ではありませんし、守るべき温室もないので、どちらかというと脳内お花畑のままでいたいと考えています。ただ、次の世代に対する責任を思った時には、何もしなくても明るい未来が訪れると考えるほどお花畑だらけにもなり切れないのです。

そうではなく、人類が次の人類に進化していく「シンギュラリティを起こすための努力」を我々は忘れてはいけないと思うのです。何もしなくてもシンギュラリティが来るわけではりません。我々の中から多くのリンドバーグが飛び立っていかなければいけないと思うのです。

「AI vs 子ども」とか「AIに負けない」というタイトルの本がバカ売れしています。それはよく分かりますので否定もしません。ですが、それに疑問を感じない我々自身を恥じたいと思います。AIは我々自身を進化させる新たな臓器であり我々に対峙するものではないはずだからです。それを信じないと人類の未来はないと思うからです。


シンギュラリティを信じない大人たちの病巣

だから、「シンギュラリティは来ません!」と言われて「あぁ、良かった」と思ってしまうだとすると、今の日本の病巣はそこにある気がしているのです。テクノロジーの未来を信じない大人たちは本当に残念です。

シンギュラリティは待っていて来るものではありません。それは明らかに我々自身が起こすものであり、より良いものにするべきものだと思うのです。どうするか、は自分たちで決めるのです


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