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ダラダラと中途半端でも少しずつ読み続けてみる。


時間は平等です。自分の時間をゆったりと過ごせる空間を持つことが大事。

たとえば、僕はゲームをしながら耳学問をします。

ゲームによっては耳が空かないものもありますし、全集中できないものもありますが、基本的に僕は自由気ままに好きな所に行けるオープンワールドやゆっくりと遊べるシミュレーションゲームが好きなので、

ゲームもしたいけど、ただゲームをするだけだと時間を無駄にしている気持ちを紛らわすために(笑)何かを聞いています。

いわばゲームのBGM代わりに聞いているのですね。

で、勉強モードに火が点くと、そこから何かを学び始めますし、ゲームでいいシーンが撮れそうになると、ゲーム実況を始めます。語りたいことがあれば音声配信をしてたりもします。

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やる気というのはやり始めないとわかないもので、あれもやらなきゃこれもやらなきゃと思い過ぎると、あまりにもできなさすぎて後悔の念に苛まれるので、とりあえず何かを始めることを習慣づけるようにしています。

そのためには、やるチャンスを増やしてやってみること。

つまり、自分の時間を使える機会を増やすことが大切です。

具体的には、

本を読もうと思ったら、まずはその本を買って、読む環境を整えること。

分厚い本を買っても全く読まないのであれば意味がありません。

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重くて外に持ち出せないなら、電子書籍で買ってみる。そして、ちょっとした空き時間に数ページでも読んでみる。

もしそれが自分にとって有意義な本であれば、自然と読みたい衝動に駆られ、保存用として紙の本を買い直し、本棚に保管して、何かの拍子に参照する素敵なものに変わるかもしれません。

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しかし、買いもせず、読む機会も作らなければ学びは訪れません。

仮に自分にとって必要でない本だと判断しても、それはもったいないことではなく、次に出会う本への投資だと思えばいい。

出会いの確率を増やさなければ、出会うはずがありません。

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本が大好きな僕ですが、これはイイね!という本に出会うことはなかなかありません。

ただ、どんな本でも少しくらいはいいものを読んだと思える部分はあるし、たとえその時の自分には合わなくても、後で参考になることはよくあります。

どんな本があるかを知ることは、悩みを解決する手段を多く持っていることでもあります。

当たり前ですが、本は人間が書いています。

また多くの本は自己完結ではなく、同じ悩みや興味のある誰かに向けて書かれています。ということは、あなたの良き理解者になってくれる本に巡り合う可能性は、一人一人と出会うよりも遥かに上げることができるのです。

本の値段は平均値でいうと高くても2000円くらいです。文庫本だと600円くらい。

社会人のみなさんならランチ代です。

スマホアプリの課金代と比べても決して高くはありません。

文化庁の調査結果によると、

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1ヶ月に読む本の冊数が、2冊までという人が8割以上。

全く読まない人が半数だとか。

「本」気ですか?

1週間に2冊以下の間違いではないですよね?

僕には到底信じられません。

本って、複数冊持って毎日空いた時間に少しずつ読むものではないんですか?

てか、そういうもんでしょ?

別にマウントを取りたいわけではありません(笑)

絵の好きな人が何となく紙にいたずら描きをするように、スマホでネットを見まくるように、ごく自然な行為として読書も習慣の一つであると思っている僕にとって、この調査結果は信じがたいものがあります。

けれども、周りの人を見渡せば朝からスマホに高速指運動をする人や聞こえてくる会話におすすめ本を語る人はいません。

僕の知り合いでも読書家という人は皆無です。

まぁ、本当に本が好きな人はわざわざ自分を読書家とは言わないですし、読まない人が名付けているだけのような気がしますが。

でも、電子書籍も含めて本を読んでいる姿を見かけないことも事実。

きっとnoteを読まれているあなたは人よりも本を読む方ではないかと思いますが、読書習慣の無い人は、そもそも文章を読むことが何だか難しいことや高尚なものに見えているのでしょうね。

学校教育の弊害というか。

文字を認識できない障害のある方もいらっしゃいますから、決めつけはよくありませんが、最近はオーディオブックや書籍紹介の動画もたくさんあります。

僕も全然人気はないんですが、一応やってるんで参考になさって下さい(笑)

つまり、読もうと思えば機会を作ることは昔よりもハードルが低いわけです。

それでも本に触れない人に、僕は自分の好きな本がきっとあるよと言いたい。

教えてあげたいでは決してありません。

読書は誰かに強制されるものではなく、自分があの人としゃべってみたいなと思って、自分で手に取ることから始まります。

そして、合わなければ、そっと本棚に戻しても誰にも指をさされることはありません。

読書をしている時間は、自分だけの時間です。

それはとてもぜいたくな時間です。

だって、世の中のほとんどの人が読んでいないんですよ。

どんなにベストセラーでもその内容を知っている人はごくわずかです。読んだ人に内容を聞いても大半の人が忘れています。

それはなぜか?

そういう人はただ売れているという事実から半ば強制的に本を読んでいるからです。自分が本当に知りたい内容であれば、思わず人に紹介したい部分があるはずです。

自分が興味を持った本は、誰も知らないレベルと言ってもいいすぎではないでしょう。

誰も知らないことを知っているって、楽しいことだとは思いませんか?

誰でも知っていることを語るのは、お互いの知識を共有確認しているだけの作業です。もちろん、人と生きていく上で、社会情勢くらいは知っていてもいいでしょう。

しかし、特にファンでもない人の、しかも1週間も持たないような情報を知ることに自分の貴重な時間を費やすことは僕には耐えられません。

また、そういう会話はこちらから意識しなくてもどんどん周りが放り込んでくれるので、自ら取りに行く必要はありません。今、マスクをしないで歩くことなどできないですよね(笑)

自分だけの知識や情報はその人の魅力につながります。

と言って、誰かに認めてもらう必要もありません。自分だけが楽しんでいれば、心に平穏が訪れ、人生にいい影響が生まれます。

僕は本が全てであるとは思いませんが、一日の限られた時間で擬似体験や思考の幅を広げるのに最適なものの一つが読書であることは間違いないと思っています。

この気持ちは本を読んでいる人にしか分かりません。

読書習慣のない人からすれば、なぜいつも本を読んでいるか理解できないでしょう。しかし、読んでいる人にはやめられない理由があるのです。

それは、たった一冊の、たった一つの言葉が、今まで考えもしなかったことに気づかせてくれる体験です。

自分しか悩んでいないと思っていたことを、とっくの昔に考えていた人がいたんだという驚きは、時空を超えて友人とさえ呼びたくなる気持ちにさせてくれます。

そして、そこから発展した自分だけの考えが、自分の行動に影響を与え、人生を切り開くことにつながります。

僕は自分の価値観がどんどん上書きされる楽しさを、読書を通じて何度も経験してきました。

noteを始めた一年前の僕と今日の僕は全くと言っていいくらい違う考え方をする人間です。

そのベースにあるものは本たちです。

本で知り得た気づきをnoteに書くことにより、インプットとアウトプットの良い循環が生まれ、無為に過ごす時間がかなり減ったと実感しています。

本は読んでいるだけでも楽しいものですが、誰かに話したくなるまでに読みこめる本に出会えると、それはかけがえのない読書体験となり、自分の中に経験として残ります。

読書は、いつでもやめることができます。ダラダラと数ページだけ読んで本を閉じ、興味がわいたらまた開いて、続きから読めるマイペースな行為です。

全てを読まずに別の本に移ることも自由です。自分の本だから、読み散らかしても誰の干渉も受けません。浮気をしたってニュースにはなりません(笑)

文章を読むという行為は心を落ち着け、自分と向き合う最良の時間を過ごすことができます。誰だって誰かに自分の話を聞いて欲しいものです。

しかし、現実には互いに話したいことで時間が埋め尽くされ、自分の考えを深掘りする機会はなかなかありません。自己の考えを深めている人との会話はその人の個性が出ていて楽しいですが、そういう人はまず本を読んでいる人だと言えます。

自分の知りたいことを知りたいだけ、自由に読める読書が生活の一部になった時、本は友達だと実感するでしょう。

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あなたも本トの友達作り始めませんか?


スキはログインしていなくても押せます!ワンちゃんでも押せるほど簡単です。励みになりますので、ここまで読んでくれた記念に押して下さい。いくつになっても勉強は楽しいものですね。サポート頂いたお金は本に使いますが、読んでもらっただけでも十分です。ありがとうございました。