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わたしのための短歌という宝物

たったの31文字。それでも、そこにどんな文字を並べるかでそれは誰かにとって一生の宝物になり得たりする。

木下龍也さんの「あなたのための短歌」を購入した。夜更かししていたらたまたま販売開始のツイートを見かけ、それでも決して安くはない値段に購入を迷っていたところ、「残り1点」という表示が出てきてえいっと勢いで購入してしまった。エピソードを送るとそれについて詠んでくれるというので、何について詠んでもらうか考えながらその日は一旦眠りについた。

自分が尊敬する歌人の方に、自分だけのために短歌を詠んでもらえるという贅沢。どんなエピソードにしようか、しばし悩んだ。自分の名前についてか、家族についてか。彼と自分のことについてか。

結局私が選んだのは、ずっと抱えているコンプレックスについてだった。せっかくだから明るいエピソードを選べばいいのにとは、自分でも思った。だけどコンプレックス呪いのような無力感、諦念は、私を構成するものの中でも大部分を占めていて、到底切り離せるものではない。意を決し、木下さんにメールを送った。

「もう一度自分に自信をもつために背中を押してくれる歌」を、詠んでいただきたいです。

手紙は2週間もせずに届いた。「あたらしい挑戦を応援しています。」そんなことばとともに。

どきどきして、なかなか封を切ることができなかった。テレビを観て気を紛らわせてみたり、封筒が汚れないか気になったり。やっと中を見ることができたのは、寝る前だった。

そこにはこう書かれていた。

もう歩き慣れてしまった失敗の続きの道は今日で途切れる
申し訳ないがあなたの脚本に失敗はもう登場しない

歩き慣れてしまった失敗の、続きの道。きっともう何年も、その上を歩き続けてきた。別の道を行く他者を羨みながら。

だけどそんな道も、今日で途切れる。過去と未来は続いているけれど、未来は過去によってのみ決められるわけではないと思えた。

視線を落とし、「申し訳ないが」と見えたときは、正直少し怖くなった。「成功を保証することはできない」とか、「結局は自分が変わらないと」とか、何度も自分が自分に投げかけた思いが続くような気がして。

だけどそこに続いていたのはひどく力強く、やさしいことばだった。

「失敗はもう登場しない。」

きっとこれからまた弱気になる時は来る。何年も抱いてきた気持ちは、そう簡単に払拭できるものではないから。

それでも、確かにこの二首は私の背中を押してくれる宝物になったし、これからそんな時に、この歌に勇気をもらっていくのだろうと思った。

・・・

私にはもう一首、宝物の短歌がある。

私が生まれたときに祖父が私のフルネームで詠んでくれた折句だ。

祖父はかつて地元の中学の校長をしており、毎年卒業生ひとりひとりの名前で折句をしたため、卒業式で贈っていたのだという。

それを聞いた時、「遺伝だ」と思った。短歌を始めたことに祖父の影響はなく、私が幼い頃に祖父は亡くなっているので私が短歌を詠むことを彼は知らないけれど、きっとこの言語感覚は祖父から譲り受けたものなのだろう。祖父の孫であることを誇りに思った。

私が生まれて初めて受け取った祖父からの短歌と、木下さんから頂いた短歌。この3首を大切に胸に抱き、これからも創作を続けていこうと思う。きっとだめになったりはしない。失敗の道はもう、途切れたのだから。

いつか私も、誰かの宝物になるような短歌を詠むことができるような人になりたい。31文字で、誰かに寄り添ったり、苦しみをやわらげたりできるようになりたい。

短歌にかんして生まれた新しい目標をいつか叶えられるように、自分を信じて私は歩き始める。

#短歌 #あなたのための短歌 #木下龍也 さん #宝物

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