【短編小説】山野辺ゆきみと篠井研/冬
始業式のあと、下駄箱で靴を履き替えたけんちに「よう」って挨拶したら、けんちは最初、知らない人用の顔でアタシを見た。それから、「は?」って言って、目をパチパチさせた。
「べゆみ、髪」
アタシの髪は、肩甲骨にかかるぐらいあったんだけど、新学期が始まる前に、耳が隠れるぐらいに揃えて切っちゃった。
「なん……なにそれ」
アタシが自分の長い髪が大好きなのを、けんちは知ってる。
「姉ちゃんとケンカした」
ヘラヘラ笑うと、けんちがじっと、なにか確かめるみたいにアタシを見た。寒いからって、スカートの下にジャージ履いててよかった。
「他、怪我ない?」
「ん。だいじょぶよ」
アタシは嘘をついて笑った。そんな自分がちょっと不思議。けんちには、何でも話せると思ってたのに。
「バカ」
そう言って、けんちは、怒ってるのか泣きそうなのか分かんない、変な顔をした。
「さみーから、マフラーもう一本欲しいな」
「……バカ」
ふざけるアタシを見て、けんちはもう一回バカって言った。口がへの字になってる。そんな顔してアタシを「バカ」って言うけんちは、優しい。嬉しくなってまた笑っちゃった。
「けんち、怒ってくれるから好き」
アタシがそう言うと、けんちは一瞬、何かを怖がるみたいな目をして、黒目だけぐるっと動かした。あ、そっかそっか。まだ学校だ。
「ごめん」
「ううん」
アタシが誰か男の子を好きって言うと、どうしてかそれは、恋愛ってことになっちゃう。中学に入ってから、だんだんそうなった。女の子に恋をしないけんちは、アタシと付き合ってる事になると、困るんだって。
本当は、恋ってよく分からない。アタシは優しい人が好きで、優しくされると嬉しくなって、すぐ、色んな事を、いいよ、って言っちゃうけど、それって好きなのかな?
「一緒帰ろ、けんち」
けんちは変な顔のまま、アタシに頷いた。
◆
いつもの土手には雪が結構積もってて、はしゃいだアタシは犬みたいに土手を駆け下りた。
「あぶねーよ、べゆみー」
雪の下に何があるか分からないから、気をつけなって、けんち。でも、冬の曇り空より白くて綺麗だから、テンションが上がっちゃうのはしょうがない。
アタシは手で雪玉を作ると転がし始める。ほんとは、話したい事一杯あった。姉ちゃんに二度と来るなって言えたとか、あの先輩とは別れたとか。
でもなんか、けんちが話したそうだったから黙って雪を転がしてた。雪だるまにしよ。
雪玉がメロンパンみたいな大きさになったら、やっとけんちが、夏より低くなった声を出してくれた。
「わたしね、べゆみになりたかった」
けんちは、背が伸びて、声も変わった。ズボンの裾はまだ余ってるけど、アタシ、今のけんちは結構かっこいいなって思う。でも、けんちは可愛いが好きなんだよな。
「知ってるう」
最初に大喧嘩した時に、けんちから聞いたもん。アタシは、冷えた両手をほっぺに当てて、ひゃあ冷てえって笑った。
「友達になる前に、べゆみに言っちゃったの、後悔してる」
アタシは手を止めて、首を傾げた。けんちは、アタシを眺めて、口だけ笑う。
「あんな事言ったせいで、べゆみ、こっちに遠慮してねえ?」
は?
アタシは、新しく丸めた雪を投げる。ザラザラした雪の塊は、けんちの肩にぶつかった。
「いってェ! なに!」
「遠慮なんかしてねーわバカ!」
分かった。見せたくないとこがある気持ち。けんちには、アタシを分かってほしいけど、助けてほしいんじゃない。言いたくないのはアタシが自分でそう決めたからだよ。
「言いたくなったら言うし、したら、アタシの話聞いて、バカって言ったりして」
けんちは、アタシをバカって言うけど馬鹿にしないから、好き。他の子は、アタシが授業で変な事言うと「バカだな」「かわいいね」って言うけど、あれ、褒めてないのぐらい分かる。
「けんちも、言いたくなった話があったら教えなよ。バカって言った方がよければ言うし」
頭が良くて友達選ぶけんちが、アタシを友達って言ってくれるの、天気のいい冬の朝みたいな、パリッとした気持ちになる。嬉しいって言うのともちょっと違うけど、アタシは丁度いい言葉を嬉しいしか知らない。
「そのぐらいが嬉しいよ。アタシ」
「……ごめん」
「いーよ。それよか、けんち頭作ってくんない?」
「おっけ」
それから、ふたりで寒がりながら、雪を転がした。アタシはバランスボールぐらいの体にしたのに、けんちは洗濯機のフタぐらいの頭で、バランス悪いなって笑った。
アタシがそのへんの空き缶で顔を書いてると、けんちが、近くの自販機で、あったかいコーンスープを買ってきてくれた。
「手、あっためとけ」
「ありがと」
それから、けんちは自分のマフラーを突き出してくる。あれ、冗談だったんだけどな。
けんちの優しさは、他の男の子とはちょっと違うから好き。
こういう好きを沢山集めれば、けんちにバカって言われない女の子になれるのかな。分かんないけど。そうなれたらいいなと思って、アタシはけんちの黒いマフラーをぐるぐるに巻いた。
【終わり】
※これはTwitterでお題を貰って書いた小説のnote再録です
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