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【短編小説】山野辺ゆきみと篠井研/冬

 始業式のあと、下駄箱で靴を履き替えたけんちに「よう」って挨拶したら、けんちは最初、知らない人用の顔でアタシを見た。それから、「は?」って言って、目をパチパチさせた。

「べゆみ、髪」

 アタシの髪は、肩甲骨にかかるぐらいあったんだけど、新学期が始まる前に、耳が隠れるぐらいに揃えて切っちゃった。

「なん……なにそれ」

 アタシが自分の長い髪が大好きなのを、けんちは知ってる。

「姉ちゃんとケンカした」

 ヘラヘラ笑うと、けんちがじっと、なにか確かめるみたいにアタシを見た。寒いからって、スカートの下にジャージ履いててよかった。

「他、怪我ない?」

「ん。だいじょぶよ」

 アタシは嘘をついて笑った。そんな自分がちょっと不思議。けんちには、何でも話せると思ってたのに。

「バカ」

 そう言って、けんちは、怒ってるのか泣きそうなのか分かんない、変な顔をした。

「さみーから、マフラーもう一本欲しいな」

「……バカ」

 ふざけるアタシを見て、けんちはもう一回バカって言った。口がへの字になってる。そんな顔してアタシを「バカ」って言うけんちは、優しい。嬉しくなってまた笑っちゃった。

「けんち、怒ってくれるから好き」

 アタシがそう言うと、けんちは一瞬、何かを怖がるみたいな目をして、黒目だけぐるっと動かした。あ、そっかそっか。まだ学校だ。

「ごめん」

「ううん」

 アタシが誰か男の子を好きって言うと、どうしてかそれは、恋愛ってことになっちゃう。中学に入ってから、だんだんそうなった。女の子に恋をしないけんちは、アタシと付き合ってる事になると、困るんだって。

 本当は、恋ってよく分からない。アタシは優しい人が好きで、優しくされると嬉しくなって、すぐ、色んな事を、いいよ、って言っちゃうけど、それって好きなのかな?

「一緒帰ろ、けんち」

 けんちは変な顔のまま、アタシに頷いた。

  いつもの土手には雪が結構積もってて、はしゃいだアタシは犬みたいに土手を駆け下りた。

「あぶねーよ、べゆみー」

 雪の下に何があるか分からないから、気をつけなって、けんち。でも、冬の曇り空より白くて綺麗だから、テンションが上がっちゃうのはしょうがない。

 アタシは手で雪玉を作ると転がし始める。ほんとは、話したい事一杯あった。姉ちゃんに二度と来るなって言えたとか、あの先輩とは別れたとか。

 でもなんか、けんちが話したそうだったから黙って雪を転がしてた。雪だるまにしよ。

 雪玉がメロンパンみたいな大きさになったら、やっとけんちが、夏より低くなった声を出してくれた。

「わたしね、べゆみになりたかった」

 けんちは、背が伸びて、声も変わった。ズボンの裾はまだ余ってるけど、アタシ、今のけんちは結構かっこいいなって思う。でも、けんちは可愛いが好きなんだよな。

「知ってるう」

 最初に大喧嘩した時に、けんちから聞いたもん。アタシは、冷えた両手をほっぺに当てて、ひゃあ冷てえって笑った。

「友達になる前に、べゆみに言っちゃったの、後悔してる」

 アタシは手を止めて、首を傾げた。けんちは、アタシを眺めて、口だけ笑う。

「あんな事言ったせいで、べゆみ、こっちに遠慮してねえ?」

 は?

 アタシは、新しく丸めた雪を投げる。ザラザラした雪の塊は、けんちの肩にぶつかった。

「いってェ! なに!」

「遠慮なんかしてねーわバカ!」

 分かった。見せたくないとこがある気持ち。けんちには、アタシを分かってほしいけど、助けてほしいんじゃない。言いたくないのはアタシが自分でそう決めたからだよ。

「言いたくなったら言うし、したら、アタシの話聞いて、バカって言ったりして」

 けんちは、アタシをバカって言うけど馬鹿にしないから、好き。他の子は、アタシが授業で変な事言うと「バカだな」「かわいいね」って言うけど、あれ、褒めてないのぐらい分かる。

「けんちも、言いたくなった話があったら教えなよ。バカって言った方がよければ言うし」

 頭が良くて友達選ぶけんちが、アタシを友達って言ってくれるの、天気のいい冬の朝みたいな、パリッとした気持ちになる。嬉しいって言うのともちょっと違うけど、アタシは丁度いい言葉を嬉しいしか知らない。

「そのぐらいが嬉しいよ。アタシ」

「……ごめん」

「いーよ。それよか、けんち頭作ってくんない?」

「おっけ」

 それから、ふたりで寒がりながら、雪を転がした。アタシはバランスボールぐらいの体にしたのに、けんちは洗濯機のフタぐらいの頭で、バランス悪いなって笑った。

 アタシがそのへんの空き缶で顔を書いてると、けんちが、近くの自販機で、あったかいコーンスープを買ってきてくれた。

「手、あっためとけ」

「ありがと」

 それから、けんちは自分のマフラーを突き出してくる。あれ、冗談だったんだけどな。

 けんちの優しさは、他の男の子とはちょっと違うから好き。

 こういう好きを沢山集めれば、けんちにバカって言われない女の子になれるのかな。分かんないけど。そうなれたらいいなと思って、アタシはけんちの黒いマフラーをぐるぐるに巻いた。

【終わり】

※これはTwitterでお題を貰って書いた小説のnote再録です

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