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【最終回】STROKE OF FATE #8-bitter【ニンジャ二次創作Web再録】

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本部に連絡を取ろうとしたヤクザへ、なけなしのダガーを投げ眉間を射貫く。ジュージツで襲いかかるヤクザの首筋を、カタナを抜いて撫でる様に切りつける。血を吹き出して倒れるのを視界の端で捉え、回転しながら背後のひとりを突く。ヤクザ屋敷に即席アビ・インフェルノが出来上がろうとしていた。

返り血を浴びながら踊るようにカタナを振るう。殺せば殺すほど、彼の体にイアイが息を吹き返す。皮肉なものだとシルバーカラスは笑うが、その表情はメンポに覆われて誰にも見えない。

ソニックブームと切り結んださなか。思いの他強さを見せつけるソニックブームに「何がしたい」と吼えられ、答えられなかった。センセイを捨て、イアイの道を外れ、何がしたいのか自分でも分からない。その時、彼が捨てた筈の名を呼ぶ声が、彼のニューロンを貫いた。

『―このメンキョは終わりではない。オヌシは入り口に立っただけのこと。イアイの道に終わりはないのだ』それはシルバーカラスにとって、懐かしい叱責だった。捨てたつもりが、何一つ捨てられていなかった事を、そこでしかと思い知った。

シルバーカラスはイアイを振るいながら、人を探している。ツテから交換条件で手に入れたアドレスだ。この手の情報の確度だけは信用できる。キンゴ・コバカワ。自分のクライアントを手にかけた男。ここは彼が匿われているヤクザ屋敷だ。

フスマを蹴り開けた先、タタミ三十枚はあろうかという広い座敷に、丸腰のキンゴが座り込んでいる。歩を進めようとしたシルバーカラスだが、突如体の右側で風を切る気配がし、抜き身の自剣を掲げた。

金属同士がぶつかる音がし、ニンジャ・ソードを打ち下ろす何者かの姿が一瞬ノイズめいて空間に走った。訝しむ間も無く首筋がヒリつく感覚をおぼえ、カタナを強く押し返す反動で後ろへ跳ぶ。「イヤーッ!」「グワーッ!」無傷でいるにはコンマ数秒遅かった。何かが浅く脇腹を切り裂く。「ドーモ! シルバーカラスです」

ニンジャを懸念し先手を打ってアイサツすると、二本一対のニンジャ・タントを逆手に構えたニンジャの姿が現れた。「ドーモ、ロンジコーンです。なぜアンブッシュが分かった!」二人目のニンジャはこちらだったか。シルバーカラスは油断なく間合いを計る。相手は二刀流。かつ、姿を消せるようだ。つくづく相手にしづらいニンジャと縁がある。

シルバーカラスは答えず、カタナの切っ先をロンジコーンへ、視線をキンゴへ油断なく走らせ双方を牽制した。喋るリソースは全てイアイに回している。すり足でキンゴへ近づく。ロンジコーンの黒と黄のニンジャ装束に再びノイズが走り、座敷の風景と同化する。シルバーカラスは、視線と切っ先の向きを逆転させる。視線はロンジコーンとタタミを注視する。

そして、誘うようにわざと大ぶりな動きで横に跳んだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」相手のカラテシャウトと共に、タタミが踏み込みの足で沈むのが見えた。シルバーカラスが跳んだ先には、先程蹴り開けたフスマ。着地と同時にそれを真正面へ再び蹴り飛ばす。「イヤーッ!」「イヤーッ!」左下から斜めにフスマが斬り破られる。

まずは片方。「イヤーッ!」次いで、足元のタタミをカタナで引きはがし、またも真正面へ蹴りつける。「イヤーッ!」「コシャク! イヤーッ!」見えぬ斬撃はタタミを右下から斜めに切り裂く。もう片方も使わせた。―ここだ。

「イヤーッ!」シルバーカラスはカタナを垂直に振り下ろす。「イヤーッ!」刃が途中で止まった。恐らくは交差させた二刀に挟み込まれた感触だ。こちらのカタナをへし折らんとするパワーがある。シルバーカラスは競り合ったまま踏み込み、体重を乗せた前蹴りを打った。「イヤーッ!」「グワーッ!」

倒れ込むロンジコーンに蹴り足を沿わせ、そのまま踏みつける。「イヤーッ!」「グワーッ!」自由になったカタナを、踏みつけた足の感触を目安に突き込む。ステルス効果が切れたのか、体の中心にカタナが刺さり、標本めいてタタミに縫い付けたロンジコーンの姿が露わになる。

ロンジコーンはすかさず、左手のニンジャソードを投擲する。「イヤーッ!」しかし、シルバーカラスは僅かに体軸をずらして躱す。「ハイク読むか?」「イヤーッ!」ロンジコーンは右手のニンジャソードも投擲した。「そうかい」

再び体軸をずらしニンジャソードを避け、シルバーカラスは、ロンジコーンの胸に刺さったカタナを抜く。「イヤーッ!」流れる様な動きで首を切り落とした。

「……サヨナラ!」ロンジコーンは爆発四散した。「はい、サヨナラ」その爆発四散に目もくれず、シルバーカラスはカタナの血を払い、キンゴに歩み寄った。「ドーモ。キンゴ=サン。なぜ親父さんを刺した?」

「ゴメンナサイ!」ドゲザである。「お願いします、どうか! ど、どうか見逃してください!」みっつの鋭い光を前に、裏切者は恥も外聞も捨てて懇願していた。「親父を殺せば、俺を跡目にしてクランは残すって、あの、モトヤス=サンに言われたんです!」ちらりとキンゴがドゲザの隙間から様子を窺う。

フルメンポの青白い光がふたつ、彼を無機質に見下ろしている。「し、シルバーカラス=サン! この通りです! 見逃してください! か、カネなら、お、親父の倍、いや言い値で払います!」「カネは要らん」「なら何が良いですか! オイランですか! トロ粉末ですか!」

シルバーカラスは答えず、ただ、みっつめの光をひるがえした。「アバーッ!」首から血を噴き上げ、キンゴは恐怖を顔に貼り付けたまま死んだ。「確かに、貰ったぜ」シルバーカラスはザンシンののち、カタナを死人の服で血拭いし、納刀した。返り血のついた壁の時計を見る。

シルバーカラスはひとつ部屋を戻り、壁際で失禁し腰を抜かしているレッサーヤクザに言う。「おい。シルバーカラスがキンゴを始末した。そうオヤブンに伝えに行け」「ア、アイエエ」シルバーカラスはレッサーヤクザの側まで死体を踏み越え、顔の真横で手を叩く。「ほら、ガンバレ」「アイエエエエエ!」

レッサーニンジャの足音が消え、慌ただしくヤクザヴィークルが発進する音が彼方へ去った。シルバーカラスはザンシンを解き、今や生きているものが彼自身と庭のバイオニシキゴイしかいなくなった邸宅で、煙草をくわえた。

切り口の手応えと物言わぬキンゴの顔を見て、かつての鋭さは、随分と自分の手から零れてしまっていることを知った。ニンジャの身のこなしを手に入れようが、イアイは一日鍛錬を怠れば取り戻すのに三日かかる世界。無為に時間を投げ捨てたのは他ならぬ自分だ。

今頃、ソニックブームの方は上手くやっているだろうか。あの野心家はこれを手土産に、一体どんな地位を狙う物か。いっそ清々しい程に暴慢だったが、慢心がない。そこがかつての自分とは違う。旦那なら、自分の欲しい物を貪欲に奪っていくだろう。それを見たい気もしたが、恐らくもう会うことも無かろう。あの男は組織で成り上がり、己は一層深く沈んでゆく身だ。

ヤクザ邸宅の門扉を抜けたところで、慇懃な男の声がした。「こんばんは、シルバーカラス=サン」反射的にカタナへ手をかける。「やめてくださいよ。シルバーカラス=サン。私です」横を見れば、引きつった笑顔を貼り付けたような男。

「終わったようで何よりです。貴方からノーティスが入ったときは驚きました」構えを解いたシルバーカラスは無愛想に応じる。「あんなに早く返事が来るとも思わなかったが」「それはもう! 貴方と専属契約と引き替えですから、張り切りましたよ」「そりゃドーモ」

「業界的にはあなた、仕事の途中放棄ですからね。ここの人、フリーランスとして致命傷を負ってまで殺す価値ある男とは思えませんが?」シルバーカラスは吸いさしの煙草を投げ捨て、靴裏で念入りに踏み消した。「クライアントの意向を、出来る形で守っただけだ」

「なるほど。私、貴方のその臨機応変な状況判断、非常に評価しているんですよ」シルバーカラスは社交辞令とも嫌味ともつかぬ言葉を聞き流す。「どうぞ、お乗りください。歓迎しますよ。シルバーカラス=サン」貼り付いた笑みを不気味に深めた男が、シルバーカラスを車へ招き入れる。

彼は後部座席に沈みこみ煙草に火を点ける。驕りは誇りを曇らせ、諦めと怠惰をはき違えた。今頃気がついたところで全てが遅かった。求めたものは、もう得られないだろう。深く煙を体に送り込み、悔悟と共に吐き出した。


ストローク・オブ・フェイト 終わり