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田園交響楽(1)

 今,手元に「田園」のスコアがある。発行は音楽之友社で1000円。ポケットスコアではなく,B5判ハードカバーのスコアである。中には鉛筆でいくつもの書き込みがある。印刷された練習番号(A から始まる記号)の他に数字の練習番号,揃えるための縦線,もともとは書かれていない rit,cresc. を強調するための斜線・・・。
 この古いスコアを楽譜棚からひっぱりだして,今また使っている。

 ベートーベンの交響曲で,好きな楽章を1つと言われれば第九の3楽章を挙げたい。好きな交響曲を1つといわれれば田園を選ぶだろう。描写音楽としてある意味気楽に聴けるというのがいい。「描写音楽」というのは適切ではないという意見もあるが,ともかく,第二楽章は小川だし,第4楽章は嵐なのだ。

 一度目はクラリネット吹きとして「田園」を演奏した。その次はフルート吹きとして。そして今は指揮者として。指揮者といっても練習指揮だけれど。
 それぞれの立場で,考えるところが異なる。演奏者としてはどのパッセージを大切にするか。これが指揮者ではまったく変わる。そのあたりの違いを書いてみたい。

クラリネット吹きとして
 はじめて田園を演奏したときはクラリネット吹きだった。大学の理学専攻科。まだ大学院がなかった。オケ5年生である。1年生から首席を続けて5年目。市民オケにも参加して,アマチュアとしてはかなりのレベルにあったと自負する。
 「田園」は,クラリネット吹きにとって聴かせどころがたくさんある「おいしい」曲なのだ。大きなソロはないが,それぞれの楽章のいたるところにクラリネットならではの音色がちりばめられている。
 それも,フランスやイギリス系の音ではなく,ドイツ・ウィーン系の音が似あっている。密度の高く硬い木でできた2本の棒を叩くときのコツーンとした音。私はフランス製の楽器を使いながらも,マウスピースやリードを多くの人とはちょっと違うものにしてドイツ・ウィーン系の音を目指していたから,いかにそれを聴かせるか,演奏しがいのある曲なのだ。

 たとえば,第1楽章の始まってまもなくの3連符。

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どうということのない3連符だが,実は気を使う3連符なのだ。スタッカートマークはついていないが,スタッカート気味に,マルカートで演奏したい。すべての音を均一に,よい音程で響かせる。よく磨かれた球が転がるように。ダダダダダダダではなく,タタタタタタタでもない。タンタンタンタンタンタンタンなのだ,ンは小さい字で書いた方が音のイメージはわかりやすいだろう。

 大学3年生のときだったと記憶する。スタッカートについての教則本:「クラリネットスタッカート(レジナルド・ケル)」を買ったのを契機に,タンギングを大改造した。
 タンギングとは,舌の使い方。音の出だしや,音を切るときに舌を使う。中学校の吹奏楽でクラリネットを始めたとき,「ツと言うように」と教えられた。しかし,私はそれからずっと,間違ったやり方をしていたのだ。「ツ」でも「トゥ」でも,それだと舌の先を平面的に歯の裏側に当てておいて離すことになる。それをクラリネットでやると,リードにあたる面積が大きいのだ。そのため,きれいなスタッカートにはならない。ケルの教則本にあったのは,舌の先端をリードの先端に触れおいてから離すという方法。
 何日間練習しただろうか。しかし,これで私のタンギングが改善された。タンタンタンタンタンタンタンが可能になるのだ。
 この「3連符をマルカートで」は,第1楽章の終わり頃にもっと顕著な形で現れる。クラリネットのソロだ。

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いまプレイバックを聴いてもうまくいっていると思う。

 第2楽章。ヴァイオリンに続いてクラリネットとファゴットが旋律を奏でる。ソロではないけれどファゴットよりクラリネットの音色がよく聞こえてくる箇所だ。まさに「おいしい」ところ。

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 中間部には第1楽章と同じく,マルカートで演奏したい分散和音が現れる。

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末尾の八分音符6つにはスタッカートがついている。これをどれだけいい響きで
鳴らせるかが腕の見せ所。

 最終盤のカッコウと装飾音つき八分音符。カッコウは重みを変えて,スタッカートでカッコウのイメージを模倣する。対して,そのあとのスラーのついた八分音符は,きれいにレガートで響かせたい。

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 ここまでうまくいけば,まあ満足。第3楽章にはソロがあり,第5楽章の始まりもクラリネットのソロだし,ほかにも聴かせどころはあるが,もう緊張感はあまりない。


次は,フルート吹きとして。