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歴史エンターテインメントの名手・木下昌輝さんに聞く「小説がレベルアップするリサーチ・テーマ・構成」とは? #物語のつくりかた

どうしたら人を魅了する物語を描けるのか? プロフェッショナルに「#物語のつくりかた 」を学ぶイベントシリーズの今回のゲストは、歴史小説家の木下昌輝さんです。

『宇喜多の捨て嫁』で直木賞候補作となって以来、通算3回の直木賞候補入りを果たした木下さんは、いま最も注目されている歴史小説家の1人です。

今回は、木下さんの最新作『孤剣の涯て』を例に挙げながら、題材選びやプロットのつくりかた、登場人物の設定の仕方などについてお話しいただきました。小説などの物語を創作しているクリエイターのみなさんにとって役立つヒントが満載です。

題材選びはどうする?

Q. どうやって題材を選びますか?
→A. 人物への好奇心から入ることが多い

木下さん 『孤剣の涯て』という小説で宮本武蔵を題材に選んだのは、武蔵に興味があったからです。みなさん巌流島の戦いでの武蔵は知っているけれど、そのあとの武蔵を知らないんですよね。武蔵は60回以上の決闘にすべて勝利したんですが、巌流島以降はすごく現代的な、当時の風潮に抗うような考えを持つようになったんです。当時は殉死の風潮があったんですが、武蔵は「死を肯定するのは間違っている」みたいなことを言っていて。60回も決闘したひとがなぜこんな現代的な人間に変わったんだろうと不思議で、そこに何かがあるように感じました。

Q. 創作できる余白は必要?
→A. 歴史小説は、資料がないところにどんなフィクションを入れるかが醍醐味

木下さん 歴史小説の場合は歴史的事実があるわけですが、資料がない空白の部分もあるんです。その空白の部分にどんなフィクションを入れるかが歴史小説のおもしろさだと思います。たとえば『人魚ノ肉』という小説は新撰組の話なんですが、新撰組の史実の隙間に「じつは沖田総司はドラキュラだったんじゃないか」というフィクションを入れています。

『孤剣の涯て』では宮本武蔵と宇喜多左京を題材に、戦国の世が終わったあと、2人がどう生きたのかということをフィクションを交えつつ描くということを最初に決めるところから小説づくりがはじまりました。

テーマを深めるにはどうすればいい?

Q. 題材とテーマの違いは?
→A. 題材は食材、テーマはイタリアンや和食などの手法

木下さん 題材は単純に「何を扱うか」です。料理で言ったら、肉をつかうか魚をつかうかだと思います。テーマは、それを「どういう手法で料理するか」ですね。イタリアンの手法をつかうのかあるいは和食なのか、イタリアンでも蒸した料理にするのかそれともローストするのかとか、そういう違いだと思います。一番おいしく料理する方法は何か、つまりどうしたら題材を引き立てることができるのかを考えるのがテーマを決めることだと思います。

木下昌輝さん(小説家)

Q. テーマで大事なことは?
→A. 読者が自分ごとにできるかどうか

木下さん 僕なりの創作のテーマとして、読者が自分の身に置き換えて読んでくれるような小説にしたいというのがあります。

『孤剣の涯て』のテーマは「呪い」ですが、500年前の価値観をそのまま書いても読者に共感されないので、現代の読者に近づける努力をしなければなりません。そこで、ファンタジックな意味での呪いだけではなく、たとえば「家を継がなきゃ」とか「結婚しなきゃ」、「いい大学に行かなきゃ」というのも呪いかもしれないと考えました。そういう呪いは解くのがなかなか大変なので、呪いを解くための物語にできたらいいなと思いました。

プロットのつくりかたは?

Q. どうやってプロットを組み立てているか?
→A. 時系列と登場人物ごとにエクセルで表をつくっている

木下さん テーマを決めて資料を調べたあとは、プロットをつくります。僕の場合は、物語がどう進むかを時系列でエクセルの表にしています。登場人物ごとに項目をわけ、場面ごとに「このときこのひとはどうした」ということを書いています。

プロットを書くときは、その場面がどんなシチュエーションかということまで考えます。たとえば、大阪城に行くという場面があったとすると、どうやって大阪城に行くのかということを書き込んでいきます。馬で行くのか、途中宿屋に泊まるのかなど、その場面をどう見せるのかが大切です。

プロットをつくることで自分のなかで整理することができ、余計な部分や矛盾している点もわかります。プロットの時点で全体のストーリーをどうするかやキャラクターの設定もある程度決めています。ときには登場人物のセリフまでプロットに書き込むこともあります。

Q. プロットづくりで大事なことは?
→A. 読者目線で削ること

木下さん プロットにはエピソードをたくさん書き込んでいますが、もちろん全部つかうわけではなく、いらない部分はカットします。カットすることで物語の純度が高まると思います。

取捨選択の判断材料としては、読者目線になることです。たとえば歴史小説の場合はどうしてもうんちくを入れたくなりますが、読者にとってはうんちくが多い小説は読みにくいので、心を鬼にしてカットしています。

『孤剣の涯て』はプロットの時点では違うラストシーンだったんですが、編集者に当初のラストシーンをカットして武蔵と左京の戦いを入れてほしいと言われました。ですが、歴史的に見たらその時点で2人が会うのはおかしいので、僕は入れたくなかったんです。でも、自分が読者だったらやっぱり最後に武蔵と左京の戦いを見たいなと思い、考え直して、当初のラストシーンはバサッとカットしました。このように、読者目線になれば取捨選択は簡単にできるのかもしれません。

Q. 場面ごとのボリュームの目安は?
→A. 1場面5枚を目安に、場面ごとに起承転結をつくる

木下さん 物語全体の起承転結ももちろんですが、場面をおもしろく読ませるために場面ごとの起承転結をつくっています。そのなかで人物の描写をしたり、事件の説明をしたりします。

1場面は原稿用紙でだいたい5枚を目安にしています。5枚ぐらいで場面が変わると、テンポよく読み進めることができると思います。1つの場面で1つのメッセージを読者に伝えているので、あまり長すぎるとだれるし、短くても退屈になってしまいます。

プロットでは1場面5行ぐらいで書いているので、プロットで10場面あったらこれは50枚ぐらいの作品になるなとだいたいわかります。このように自分なりの基準があると書きやすいと思います。

登場人物の設定はどうする?

Q. 人物設定はどうやっている?
→A. テーマを軸に設定。読者目線のキャラがいると便利

木下さん 人物設定の仕方はいろいろなやり方があると思いますが、僕の場合は「作品のテーマに対してどういう態度をとるひとか」を決めることが多いです。1人の主人公がいたら、その主人公と価値観が対立するキャラクターをつくると物語を進めやすくなると思います。

『孤剣の涯て』のテーマは呪いなので、各登場人物が呪いに対してどういうスタンスを持っているかということをまず決めました。人物設定は最初に決めておき、プロットに組み込みます。

読者目線で驚いてくれたりするキャラクターがいると便利だと思います。『スター・ウォーズ』のC-3POみたいな。『孤剣の涯て』は最初のプロットでは武蔵が1人で戦うという設定だったんですが、それだとおもしろくないんです。C-3POがいない『スター・ウォーズ』みたいなもので、武蔵がただ淡々と敵をやっつけていくだけだと敵がどれだけ強いかもわからないし、武蔵がピンチなのかどうかもわからないですよね。そこで巴之助という少年を登場させ、武蔵が彼を守らなければならないという設定にしました。このように、主人公がスーパーマン的な人物の場合は、普通のひとを配置するということが大切だと思います。

Q. キャラクターの膨らませかたは?
→A. 第一声を大事にする

木下さん キャラクターを膨らませるには、その人物の第一声を大事にします。『孤剣の涯て』の左京は戦うときに悲鳴を上げながら相手を殺すという設定にしました。かっこよく殺すんじゃなくて悲鳴を上げながら殺す、それだけで左京の過去やキャラクターが立ち上がってきます。

セリフじゃなく動作でもいいと思います。ちょっと変わった動作をさせると、「このひとはなんでこんな動作をしたんだろう」と読者が自分なりに想像できます。

すべてのエンタメ作品は、「登場人物の価値観が変わる物語」です。たとえば、「世の中金だ」と思っているひとが、ある事件をきっかけにして「愛が大切だ」と考えが変わったり。登場人物のキャラクターを膨らませ、場面ごとの起承転結で描写することで、読者に自分ごととして感じてもらって共感してもらえるよう、僕も七転八倒しています。

▼イベントのアーカイブ動画はこちらからご覧いただけます

登壇者プロフィール

木下昌輝(小説家)

1974年奈良県生まれ。近畿大学理工学部建築学科卒。2012年『宇喜多の捨て嫁』で第92回オール讀物新人賞を受賞。14年『宇喜多の捨て嫁』を刊行。同作は15年に第152回直木賞候補作となり、第4回歴史時代作家クラブ賞新人賞、第9回舟橋聖一文学賞、第2回高校生直木賞、第33回咲くやこの花賞を受賞した。19年『天下一の軽口男』で第7回大阪ほんま本大賞、『絵金、闇を塗る』で第7回野村胡堂文学賞、20年『まむし三代記』で第9回日本歴史時代作家協会賞作品賞、第26回中山義秀文学賞を受賞。近著に『戀童夢幻』『応仁悪童伝』など。
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▼『孤剣の涯て』の第一章はこちらからお読みいただけます

text by 渡邊敏恵


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