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勝ち組たろう君

 昨日、飼い猫のミケが美少女になった。こうなると僕はリアル勝ち組になり子孫繁栄とか大いに期待されて大変申し訳無いのだが、さすがに美少女が出現した時はいっぱいいっぱいになった。なにせ朝目覚めたら裸の少女がいたのだ。悪の組織から逃げ出してきたとか誰かの知り合いの妹の家出とかそっち系で考えてしまった。

 裸の少女に毛布を着せると起きた。「にゃあ」しかいわないから本格的にヤバいと思ってるとそのうち普通に喋りだした。そしてミケだとわかったのだ。決め手は夕食にあげたマグロの刺し身で「わさびをなめると苦味と辛味がいっしょに来るのであれはやめてほしい」と語ったことだ。そこまで嫌か。

 僕には両親もいるし学校もある。結局その日はミケに適当な服を着せると、なるべく部屋にいるよう言いつけて学校に行った。両親は共働きなので、朝の忙しい時間帯を乗り越えれば比較的楽だ。

 夜。部屋に戻った僕はずっとベッドでゴロゴロしていたミケの話を聞いた。人間になれたミケだが、神様パワーとか猫パワーとかが発揮されて周囲の記憶は改変されていくので両親とか友人の問題も解決される。そして猫が人になったり人が猫になったりするような大掛かりな仕事は一日一つが限界。でもパワー強すぎない? まあぶっちゃけペットが女の子になるケモミミ系勝ち組コースに乗ったからいいんだけどさ……ちゃんとミケに猫耳ついてるし……

「にゃはは。世間はたろう君が思ってるより複雑だにゃ。あ、ご飯おかわりにゃ。やっぱりマグロは最高にゃ。人間最高にゃ」

「もう、大食いなんだから。それに僕はたろう君じゃないよ」と僕は下からおかわりを持ってくる。適当につけておいたスマホが天気のニュースを流してるが、よく考えたらスマホが美少女になる展開もありだよな……趣味とか全部丸わかりなんだし、あれこれ教授されちゃうよな……このままいくと、僕も美少女になったり隣の家の幼馴染(野球部バッター)の彼も美少女になったりするのかな……

 ミケがじっとこっちを見ているのに気がついた。僕は話を逸らす。

「でも肝心な疑問なんだけど、どうしてミケは人間になれたんだろうねえ」

「たろう君、彼女いないにゃ。それに女の子がまわりにいないし友達少ないし高校卒業した後の進路決まってないしゲーム買う金がないのでたいへん不幸だってミケの前で何度も言ったにゃ」

 ミケが真顔で口にして僕は顔がひきつる。覚えすぎている。

「だからミケが幸せにしてあげるにゃ。ミケはいつでもたろう君の味方にゃ」

「ええ……それじゃ僕、ミケと付き合うってこと? 君この前虫とか取って来たよね? チューするならちゃんと歯を磨いて欲しいな。あとお風呂も入って」

「何を言うにゃ。ミケだってもう立派な人間にゃ! これから猫パワーで人間社会に溶け込むのにゃ!」

 いきなりミケが僕にくっつく。昨日まで猫だったのにシャンプーの香りがしてドキッとした。とても柔らかい。落ち着け僕、相手は飼い猫だ。だがご覧の通り美少女で僕は勝ち組になった。サクセスルートに突入したわけだ。つまりミケの誘惑に乗っちゃっていいんじゃないの?

「で、でもそれってミケが願ったから人間になれた、って事?」

 間合いを取るために質問すると甘えていたミケは体をスリスリさせながら頷いた。

「夢に神様が出て願いを叶えてくれたにゃ。神様は猫には寛大なんだにゃ」

「じゃあ、神様っていい人なんだね……ってそんな所触っちゃうの! 本気なの!?」

 ミケがゆっくりと僕を部屋のベッドに押し倒す。そして香箱座りという猫がリラックスする姿勢になってゴロゴロいいはじめた。たいへん気持ちいいし興奮するのだがここで一つ思い出した。アレがない。コンビニや薬局で売っている家族計画のアレだ。昨日まで彼女いなかった人間の部屋に常備されてるわけないだろ!

 音速で部屋を出ると秒で買ってきたのだが、ミケはすでに僕のベッドで寝ていた。嘘でしょ。どれほど揺すぶったりビンタしても起きない。僕は諦めると横でふて寝した。一晩中寝付けないんじゃないかと考えていたが、実際にはなんか安心して五分で寝てしまった。

 翌日、目が覚めた僕は体が小さい事に気づいた。部屋が広い。っていうかミケが入っていたケージに入れられている。だけどミケは女の子の姿でベッドに足をぶらぶらさせている。これでは勝ち組なのにミケとイチャつけないではないか。僕は声をかけた。

「にゃあ」

 あれ? 

 ミケがこっちを見た。

「たろう君は幸せじゃないから、ミケのペットになってくれるよう、神様にお願いしたにゃ。ミケがご主人様になってたろう君がペットにゃ。パワーをたくさん使うから二日もかかっちゃったにゃ。これからはきちんとお世話してあげるし、トイレも躾けてあげるにゃ。発情期になると困るからいまからお医者さんに行って去勢するにゃ。一生日向ぼっこさせてあげるにゃ。ミケは猫だったから、猫のたろう君の事は何でも分かるにゃ。名前はたろう君って前から決めてあったにゃ。良かったにゃ、たろう君」

 ミケが目を細めて嬉しそうにした。

《終わり》

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