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【モータル・アンド・イモータル】プラス・ヴィジョン#1

〈この作品は2013年初出のニンジャスレイヤー二次創作小説『モータル・アンド・イモータル』を加筆修正したものです〉

〈ニンジャスレイヤー第三部「ファスト・アズ・ライトニング、コールド・アズ・ウインター」以降のお話です〉  

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 培養槽の発生当初からその生物は異常だった。

 度々放送されるアナウンスと内部に投入されるオカユ・サプリメント、ガラス外の白衣たちが話し合う様子のみが生物に得られた《外界》そのものであった。当初の彼に意識はなくそのため生も死もなく、あるのは歪んだ五感の寄せ集めだった。一ヶ月、あるいは一分。意思はなく料簡もない、虚無のような精神だった。

 驚愕する。己には頭部が四つあった。それまでは複数にまたがる視野と聴覚を無意識に統合していたのだ。肩の辺りに生えている頭部を見ることがなければ気づかなかった。驚きは他の頭部らにも共有されていたらしく、獣同士のにらみ合いのように生物たちは自分自身に怯えあった。だがやがて、その身に宿る醜悪なソウルが全てを超越させはじめた。

 白衣らの動きが慌ただしくなり放送が頻繁になる。彼らは最初から個性を持ちながらも共通する肉体を持つ異形だった。五感から齟齬が消えていく。当初は恐れと混乱に満ちていた精神がソウルによって均される。

 多すぎることは苦痛だった。統一されたかった。多であった彼らが一になるための答えは、魂が「為すべきもの」と呼ぶことに集約されていた。彼はカタナのようにシャープになっていき、自我が強まっていく。やがて手足に十分な自信をみなぎらせて彼は動いた。

 監視アルゴリズムの隙をついた培養槽からの脱走と、監督するニンジャの殺害は成功した。ニンジャの小太刀を掴むと研究所内で彼の敵はいなくなった。つまりカラテ・プラクティスを兼ねた虐殺がはじまった。アビ・ジゴクはものの数分で終わる。

 同時に彼は、ニンジャの残骸を食うことで彼らを自分に取り込むことを覚えた。ヨロシサンがカンゼンタイと呼ぶことになる完全生物の試作品、それが彼である。彼は単なる多頭ニンジャの崩れとして廃棄される予定であったが、カンゼンタイの能力の一部は備えていた。つまり捕食による自己バフである。監督ニンジャ……研究員……クローンヤクザ……ここから彼は知識とカラテを得た。

 そして他の首たちを従えて、生物は、ニンジャソウルを宿した者は走りだす。外へ。外へ! ニンジャが為すべきことを! 非ニンジャに与えられる責め苦を全うさせるために! あらゆるモータルの終末を果たさせ、自分はイモータルとしての義務を果たさなければ!

 彼は監視カメラを食うことでネットワークに侵食する術を知った。研究所のネットワークを偽装すると物資を強奪し、研究所の外へと駈け出した。「イヤーッ!」というシャウトを残し、外界へ。

 それは疫病の始まりを意味した。


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 ドバシ・コウがニンポで生活の糧を得るようになってから随分経つ。

 無論彼はニンジャではない。ニンジャなど存在しない。マッポーの世にあるネオサイタマでそんな事を嘯く人間など発狂したバカに決まっている。彼が行うのは、一口で言うならば路上パフォーマンスだ。それはニンジャを模したものであるが、真でないことはドバシにも通行人にもわかっている。存在しないからこそ嘲笑できるし、ドバシはバカにされることでトークンを得る。

 ドバシによる似非ニンジャのニンポは数多だ。カエン・ニンポ、ウォーター・ニンポ、ネコネコ・ニンポ。くだらなければくだらないほど、人々はトークンを落とす。だが心底からドバシを嘲る笑みを浮かべながらも、トークンを寄越す手つきがたまに震えているのを、彼は目撃する。

 人々は怖がっているのだ。バカを、ニンジャを演じながらドバシは直感的に感じる。ニンジャなどがいるはずがない。オバケめいた妄想だ。だが決断的な否定ができない。絵空事を受け止めきれない何かが、人間の中に存在するのだ。だからヨタモノやヤクザがドバシをリンチする時、彼はギリギリで死なない。

「ザッケンナコラー!」と悪人たちはドバシを威嚇しながらも、なぜか最終的にドバシは生き残る。奴らもどこかでニンジャの存在を認識しているのだ。ドバシの影に見える邪悪を怖がらずにはいられないのだ。然り、ニンジャは半神的存在であった。だが今は……ジゴクへと落ちたのだろう。インガオホー。

 ではニンジャの真似をし続ける自分は何なのだろう、と彼はフートンの中で考える。暇な夜は多い。大道芸を始める前、ホムレスであった彼の手元にはマンビキした玩具のスリケンとヌンチャク、そして『今日からできるニンポ・ガイド』しかなかった。できることなど通り魔か大道芸しかなく、ドバシは大道芸を選んだ。

 昼間の大通りでニンポをやった。人々は鼻で笑い、おこぼれ程度のトークンを投げつけた。決断的な表情でニンポをしながらも、無力感の底でドバシは絶望していた。諦められればよかった。だが他に自分ができることなど、ない。これ以上逃げられない。だから進むしか無い。どんな細くて汚い道でも、いつのまにかドバシが行けるのはそこしかなくなっていた。

 昼は頭を捨ててニンジャの真似事をして、トークンをかき集める。ネオサイタマの表に裏通りにあちこち歩きまわる。一人なら食っていけることをドバシは発見した。そして夜は携帯用フートンに潜りながら、タマゴ・スシやスキットル入りのショウチュウを飲み、ときおり人間の頭に戻る。

 今日もまたそれは同じだ。「バカ!」「ブッダミット!」という罵声が遠くで聞こえ、学生かヨタモノが彼の脇を駆けていく。最近は無差別殺人事件が起こっているらしい。被害者は皆バラバラ死体だ。だが……それが何なのだろう? 人殺しなんてどこでも、いつでもある。

 昔からずっと変わらない、全ては同じだ……と考えたドバシは、スキットルを一気に煽った。考えても泣きたくなるだけだ。ドバシは五十路を越えたマケグミだ。だがこれだけはしっかりと骨身に染み付いている。《昔》とはゴミだ。見るだけ無駄だ。とにかく今はトークンを稼いで……やり過ごして……

 やり過ごしてどこへ行くのだろう?

「貴様はジゴクへ行くのだ」頭上の声がドバシの心を代弁したようで、心臓が止まった。

「アイエッ!」恐怖にフートンを飛び出したが、重金属酸性雨をしのぐための高架下には誰の姿もない。彼の携帯フートンと、内部に隠してある大量のトークン、それからいくつかの日用品だけだ。ここにヨタモノがやってきたことはない。幻聴か?

「上に居るのも分からんのか匹夫!」ドバシが見上げたのとそれが降ってくるのは同時だった。眼前でコンクリートの床が大幅にひしゃげ、轟音が耳に突き刺さる!「アイエエエ!」ドバシは転びながら失禁! 降りた者は彼の股間を冷めた目つきで眺めて唾を吐いた。

「アイエエエ……ニンジャ……ニンジャナンデ……」ドバシは力なくその者を見上げた。まさしくカイブツの如き異形! 首が四つ! コワイ! 首らはあちらこちらを見回しながらも、しかし首の一つがドバシを睨み続けていた。その瞳に映るのは紛れもない殺意! 死を確信!

「ゴメンナサイ。トークンならあります」ドゲザしながらドバシが恭しくトークンを差し出そうとしたその時!「イヤーッ!」ニンジャの回し蹴りによってトークンが四散! 蹴りの風圧で消滅したのだ!「アイエエエ!」ドバシは多重の意味で悲鳴をあげた。

 何度もドゲザしようとするドバシにその者は「ニンポをしろよ!」と異様に明るい声で言った。殺意を向ける首とは違う首だ。喜ばしさがあふれる表情をドバシに向けるが手はスリケンを握っている!

「エ?」「早く早く早く! 俺はお前のニンポが見たいのだ! 本物のニンジャを見たいのだ! だから監視をしていたのだぞ! それとも死ぬか?」喜ばしさがあふれる首が言うとスリケンを構える。向けてくる。

 逆らえば死ぬ。ドバシは背中をどやされたように立ち上がり、「ヨロコンデー!」と叫んだ。泣きたくて仕方がなかった。どうしてこんなニンジャがいるのか分からないが、とにかくやるしかない。相手は彼が逃げるより先に首を刎ねるだろう。

 罵声とも歓声ともつかない声を背後から浴びながら、ドバシは準備をはじめた。ネコネコ……論外。ならウォーターか? いや、もっとまともそうなものは……カエンか……彼は今更ながら、《暴力》の恐ろしさに身を竦み上がらせた。圧倒的なハリケーンは人を食い散らかす。

「で、では始めます」ドバシは失禁した股間を更に濡らし、カタナを飲めと言われた表情で演技を始めた。火種から火を起こすと可燃性の油を口に含み、それを近づけた。「オイオイオイ! オイオイオイオイオイ!」ニンジャがおもむろに近づくとドバシの腹にサイドキック!「イヤーッ!」

「オボボーッ!」ドバシは油と胃の中身を全て吐き出し、腹を押さえて跪いた。生きていたが反吐が溢れる。消えたい。「やはり非ニンジャか。クズだな。もっとマシなものを期待していたが」ニンジャが呟く横でドバシは、とうとう死ぬのだと覚悟した。

「アイエエエ……」「本当にもう終わりか? なんという無駄骨!」更に別の首がドバシを向く! 先程ドバシの脇腹をサイドキックした首だが、声色には哀しさがある。「残念だ。お前は食うより縊り殺した方が良いかもな」「エッ?」「そうだな! こいつ臭そうだしな! 首を折って捨てよう!」「ウム、いやはや」

「ザッケンナコラー! くだらんゴミを見せやがって!」怒が赫怒を顕にドバシに迫る! ナムアミダブツ! ドバシは無残に殺されてしまうのか!?「イヤーッ!」その時遠方から豚貯金箱が飛来! ニンジャはブリッジでこれを回避!

「オイオイちょっと何やってんだこの野郎!」若い痩せた女が走ってくる! ニンジャは体勢を戻してスリケン投擲! 他の首たちはそれぞれが口から吹き矢を射出! ワザマエ!「フッフッ!」だが女も伏せて回避! やや常人の機動力だがドバシの前に到達した!「ドーモ、エーリアス=ディクタスです」

「ドーモ、エーリアス=サン、マルチプルです。……女、ニンジャか。なぜ邪魔をする」マルチプルが二本の小太刀を抜くと構える。彼女は苦々しい顔つきになった。「なんでって……んな、クソ動画みたいなもの見せられて黙ってられるか!」彼女はヤバレ・カバレの顔になるとドバシに「オイ! 逃げるんだ!」

 ドバシは凍っている。頭が状況についていかない。「バカ! 早く立て!」エーリアスがドバシの手を掴んで立ち上がらせる。「ア、アイエエ……」ドバシはよろめいた。怒のマルチプルはエーリアスを窺いながら「必ず殺す」とドバシに宣告! 彼は震え上がった。

「行け! 早く! 行けッての!」彼女が構えともつかない構えを取りながら叫ぶと、ドバシは走りだした! 逃げろドバシ! そしてドバシが全力疾走になった頃、彼らの恐ろしいカラテシャウトが耳に響いてきた! 駆けろドバシ!


【続く】

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