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【モータル・アンド・イモータル】プラス・ヴィジョン#4

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 ドバシは鼻歌を歌いながら鉄パイプを磨いていた。狭い部屋だ。タタミ三枚ほどの広さで、強奪したUNIXセットとミニ冷蔵庫、そしてフートンを入れれば一杯になる。彼は最近になって一つ学んだ。手段さえ問わなければ、大抵のものは手に入る。 

 この部屋とUNIXは手に入れた一部だ。殺人を犯したヨタモノや浮浪者が逃げこむ場所。こういう場所は多く、まだマッポの手が入っていない。財布にはニンポでは到底得られないほど大量のトークンが入っているが、これは最後に殺したレッサーヤクザの手持ちだ。既に五人目。

 そしていずれもモータルだ。だから鉄パイプで頭を殴ると、面白いように倒れる。逃げる奴もいる。思い返すとまた面白くなり、イヒヒと笑い声が出てくる。ネオサイタマの地図を広げた。まだマッポの手が入らない所……手頃なヤクザがいそうな所……ニンジャがいない……

 ふっとドバシの顔に暗い影がさした。ドバシが鉄パイプで武装しても、マルチプルと名乗ったニンジャからはどうやっても逃げられない。鉄パイプを握る手に力が籠った。おそらくこの凶器より先に、奴のスリケンがドバシの脳天を破壊する。

 どれだけあがいても、暴力を身につけても、所詮はブッダの掌で踊るマジックモンキー……昔の格言が身にしみる。ドバシは苛立ちを覚えた。それにネオサイタマ全域には新種カルトや暴力ラッパー族など、個人を超越した組織も多い。サムライ探偵サイゴなど、所詮フィクション。

 気分転換にUNIXでニュースをチェックしてみると、それなりにドバシの所業は紙面を賑わせていた。ヤクザ連続殺人事件……笑わせる。ニンジャがドバシを蹴飛ばしたのと同じだ。人間相手なら本当に楽だ。奴らは枠組みの中で生きているが、こっちはその外で踊っている。

 マルチプル関係もチェックしてみた。ニンポ愛好家殺人事件、ニンジャギーク行方不明……それらしい記事は四件ほど。ふと、別種の暗澹たる気持ちが湧いてきた。あの圧倒的なマルチプルでさえ、実績は四件。人間には人間のヒエラルキーがあり、ニンジャにはニンジャのヒエラルキーがある。しばらくドバシは呆としてから、UNIXを閉じた。

 マルチプルでなく、エーリアスが現れたら? ドバシは考えた。彼女もニンジャだろう。マルチプルと対決するなど、ニンジャとしか考えられない。何か凄まじいニンポを使うのだろう……だが……マルチプルよりは御しやすそうだ。だから、まだ鉄パイプで対抗できる。そうしよう。

 まだ冷蔵庫の中にはスシとドリンクが残っている。もう少しここで体力を蓄えながら、状況が変わるのを待とう。鉄パイプを抱きまくらにしてフートンに潜り込もうとすると外からノックがした。無視していると、二度、三度。彼は鉄パイプを握った。

「どちらさまですか」強化ショウジ戸の真横で構えながらドバシは声を出した。キル・アトモスフィアが立ち上る。五人も六人も同じだ。「ちょっと料金のことでお話が……」鉄パイプを構え直した。トークンなど入り口で全額払ったに決まっている。

 マッポがとうとう嗅ぎつけたか?「鍵はしていません。どうぞ」と鉄パイプを振り上げた瞬間、「イヤーッ!」外側からショウジ戸が破壊! 侵入者はドバシのニューロンが知覚するより先に乱入!「イヤーッ!」「グワーッ!」そのまま闖入者はドバシの鉄パイプを迎撃! 武器を落とす!

「ドーモ、ドバシ=サン。クロスヘアーです」ナムアミダブツ! この者もまたニンジャ!「お前さん、モータルの割にやるじゃねえか。目が完全に殺る系だぜ」「ニンジャ……」再度ニューロンに襲い掛かる絶望! 崩れ落ちるドバシの前に、クロスヘアーは壁めいて立ちはだかった。

「俺はアマクダリだ。ニュースを見てたら、結構骨のある奴がいるじゃねえかとボスが言ってな。スカウトしに来た」クロスヘアーは辺りを見回す。「くっせえなあ。ま、これからお前さんはウチで改造されるわけだからな。別にいいか」クロスヘアーは気安く口にした。

「改造って……」「良いじゃん、改造人間。新しい計画でな、素体を探してたんだ。お前で第一号。ダメならパーツ」クロスヘアーは楽しげにドバシを指さすが、その瞳は《断れば死ぬ》と語っていた。「やってみろよォ、新しい世界開けるかもしれんぜ」

「だが私は非ニンジャで、ホムレスなんだ。きっと無理だ」「自信持てよ。お前さんの肉体はモータルかもしれんけど、精神は立派なイモータルだ」「私が?」「そうだよ。ノリで五人も殺れるか? お前もう人間やめてんだよ。逃げ道なんてないぞ」

「そんな……」「さあさあ問答はオシマイ! 行こうじゃねえか。大丈夫だよ、うまいスシが出るぜ」クロスヘアーはドバシを部屋から連れだし、ニコニコとニンジャの手で肩を叩く。無骨な手だが、人間とそれほど遠くはなさそうだった。クロスヘアーはドバシに概要を説明する。

 アマクダリ・セクトと聞いた途端、予め知っていたようにドバシの心が暗くなった。クローンヤクザ……ニンジャ……心に暗黒が満ちる。どれほどの邪悪がネオサイタマに満ちているのか。世界の裏側を見せつけられ、ドバシは自分がいかに小さくくだらないものであるかを再認識させられる。やはりブッダの掌であった。

 通路は狭く細長かった。「正直俺はこんな所嫌いだね。もっと広い所が良いんだ。岡山県でバイオスズメとかグリズリーを狩るのも良い。もちろんモータル狩りもいいけどな! お前もやるだろ?」「いや……」「おいおいヤクザを手にかけてその態度はないぜェ。もっとハシャげよ」「だが私はホムレスで……」

「これでお前さんもアマクダリの一員だな!」クロスヘアーが宣言した所で、ドバシは通路の入口に誰かが立っているのが見えた。逆光が差している。眩しいが、相手の首が四つあるのがわかった。「イヤーッ!」入り口のニンジャが先制でスリケン!

「イヤーッ!」クロスヘアーはこれをボウガンのやじりで弾く! タツジン! イアイドーの如き抜き技か、クロスヘアーの両手にある巨大ボウガンは逆光を浴びて禍々しい光を放ってそこに在った。隠れ家の入り口に立つマルチプルを、彼が尋常でない眼で睨み、ボウガンの矢をつがえて構えた。

「ドーモ、クロスヘアーです」先んじてクロスヘアーが挨拶。「ドーモ、クロスヘアー=サン、マルチプルです。ネットワーク侵食がここで役に立つとはな」マルチプルは小太刀を抜き、クロスヘアーが言う。「ようようやってくれたじゃねえの失敗作、ウチのニンジャも殺してくれちゃって」ドバシは下がる。暴風雨のイクサだ!

「ニンジャとしてイクサに臨まぬわけにはいかぬ。で、そのモータルをどこに連れてゆく」哀のマルチプルが問う。「こいつはウチで飼う。お前の論理など知ったこっちゃねえよ。まともに生まれなかったくせして」「三下はよく吠える!」喜のマルチプルが挑発! 怒のマルチプルはニンジャ交感神経を最高潮にさせる!

「静かにして欲しい!」と後ろでショウジ戸が開くが、顔を出した犯罪者にクロスヘアーがボウガン射出! 頭部を射抜かれて死!「アイエエエ!」叫ぶドバシ!「私はバイオニンジャだ。だからこそ純粋ニンジャを目指す。それこそがニンジャの到達点だ!」

「笑える宣言どうも。ヨロシサンの社長が聞いたら鼻で笑うわな」クロスヘアーがうそぶいてボウガン射出! 喜の首が伸びるとやじりを口で掴み、砕いた!「お前を殺して食べる。それはカラテとなり、カラテは力になる。弱肉強食! スシとなれ!」

「やッてみやがれ! イヤーッ!」クロスヘアーがボウガンとスリケンを発射! 既にリロード済みのフレームから超重量のスリケンとボウガンが交互襲来! マルチプルは皮一枚で回避するとクロスヘアーに肉薄!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 クロスヘアーはボウガンを用いたカラテ、そしてマルチプルは小太刀によるカラテで迎撃! マルチプルの横薙ぎをクロスヘアーは受け止め、眼前でボウガン射出! 頭を変形させてマルチプルは回避! ゴウランガ!「弱敵!」残りの頭部が一斉に吹き矢!「フッフッ!」

 クロスヘアーはそれらを両腕に仕込んだブレーサーで弾く! そして射出済みのボウガンを床に捨てて、腰から一つを取り出す!「イヤーッ!」マルチプルによるインターラプト! だがそれはブラフ! ブレーサー内部に仕込んでおいた隠し拳銃で射撃! BLAMBLAMBLAM!

「グワーッ!」マルチプルは喜に被弾! 瞳が潰れて血の涙が溢れる! 一瞬乱れたカラテの隙間を縫ってクロスヘアーがリロード!「イヤーッ!」「イヤーッ!」クロスヘアーのカラテを、楽のマルチプルがインターラプト! 四対一のカラテが踊る!

「ソマシャッテコラー! 大口の割にはだらしねェーなー! ホハハハ!」楽のマルチプルが叫ぶ!「静かにして欲しい!」怒が反論! 高速化するカラテ! カラテ! カラテ!「自分たちで仲間割れかバカ共ォ!」クロスヘアーが悪態! 手首から射出のボウガンを首がかわす!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 やがて互いのカラテイクサは徐々にクロスヘアーが押していく!「経験不足! ザッケンナコラーッ!」哀へのサミングに一瞬怯んだマルチプルに、クロスヘアーがボウガンのやじりを突き刺す!「グワーッ麻痺毒!」腕に突き刺さり血が吹き出す!

「アイエエエ……」暴風雨たちの激突にうめくドバシ。他に出口はないか……!? 死した男の財布をかすめ取ると、突き当りの壁へ! あった!「エマージェンシー(入るな)」と書かれた非常口が、押したら開いた! パーウーパーウー! ショージ戸から男たちが逃げかけて悲鳴を上げる!

「あっオイどこに行く!」「イヤーッ!」「グワーッ!」マルチプルが小太刀で一閃! クロスヘアーを切り裂くが致命傷ならず!「スッゾオラー!」「グワーッ!」一進一退! そしてドバシはサイレンにも背後の戦闘にも構わず逃走! 闇! 虚無!

(ここにいたらどっちにしろニンジャに捕まる……!)ドバシは小さい穴に体を潜り込ませ、中腰になって通路を走る! やがて曲がりくねった通路を抜けていくと出口! 一気に走り抜けた! ダストシュート横につながっていた駐車場に出たドバシは全力疾走!

「ハァーッ……ハァーッ……!」ドバシはとうとう昼の人混みに紛れ込むが、その途端に向こう側からマッポ! モスキート・ダイビング・トゥ・ペイルファイア!「御用!」「あそこにいるぞ!」「囲んで捕らえろ!」マッポたちが追いすがる! 逃げ惑う通行人! ドバシは鉄パイプを握りしめた!

(ここで一人でも多く殺すか……!?)ドバシがヤバレ・カバレに考えた瞬間、「イヤーッ!」高所からマルチプルが飛来! 既に麻痺毒は完治! 真下にいたマッポピーグルが粉々に踏み砕かれて中身ごと破砕!「アバーッ!」「アバババババーッ!?」

「逃がすかーッ!」マルチプルが着地ざまにスリケン投擲! 当然の如く巻き込まれる通行人!「当然貴様は殺す! モータルも殺す! ホハハハハハ!」怒が叫ぶがオーバードーズのように眼が血走っている! 四つの殺意全てが己に突き刺さる! コワイ!

「アイエエエ!」「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」「コワイ!」大惨事! マッポや通行人を巻き込んだ地獄絵図がぶちまけられる!「アイエエエ!」マルチプルの周囲にいる者から死んでいく!「助けてーッ!」我先に逃げ出す通行人! マッポ失禁! ヤクザも失禁!

「乗りなァ!」乗り捨てられたトラックを運転してきたクロスヘアー! 体はボロボロだが目は爛々としている!「逃げるたァ良い度胸だ! 飛ばすぞォ!」GYAGYAGYAGYA! 疾走するトラックと轢かれる通行人たち!「アハハハハハ! ヒハハハハ!」クロスヘアー大笑い!

「ハハ……どんどん死んでいく……」つられて笑うドバシ。どんどん世界が狂っていく。「だろ!? モータルだしな! お前もこうなりたいか!?」「なりたくない」「何だってェ!?」「なりたくないです!」「よォしまずは脳改造からだ!」クロスヘアーが笑った瞬間にZDOM! 天井から小太刀!

「逃げられると思ったか匹夫ーッ!」「ザッケンナコラーッ!」ドバシの精神状態は既にヤバレ・カバレ! 窓から乗り出すと鉄パイプでマルチプルを一撃! 喜が陥没!「グワーッ匹夫!」「アハハハハ!」クロスヘアーが大笑い!「やれ! もっとやれ殺せェ!」「ウォーッ!」

「調子に乗るなモータル!」「それは貴様だ」「ア?」マルチプルが首を向けると横には並走するバイク。二台は大通りを抜け、マッポたちの追跡をかわし、アマクダリ・セクトの監視をくぐる。赤黒のニンジャは殺意を以ってトラックを睥睨する。「ドーモ、マルチプル=サン。ニンジャスレイヤーです。三度目はない。ここで殺す」

【続く】

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