日記:ボランティアと子供達

今日はとても楽しいボランティアの日でした。

昨年末に休職してヨーロッパを離れ、オセアニアに来ました。私はワイナリー巡り・酪農家巡りに大忙し。

早々に、オーストラリアで山火事が発生しました。私も、何か出来る事があるだろうと思い募金をし、奉仕・支援活動に精を出しました。

そんなボランティアとワイナリー巡りで充実した日々を送ったのは、考えてみれば最初の3ヶ月ちょっとだけ。3月にコロナでロックダウンが始まってからというものの、それからは軟禁生活のまま今に至ります。

時々ツイッターでも書いていますが、今は許可証があれば制限を超えた外出が可能で、私もボランティア要員として色々な事をしています。時には荷物を運ぶために車を運転し、時には子供達に勉強を教えたり。

私はこの、子供達に勉強を教える時間がとても好きです。教える子供達は、普通という名の多数派ではありません。様々な事情で、両親に育てて貰えなくなってしまった子供です。勉強は、とてもとても遅れています。

今日は分数について教える日でした。私はケーキとナイフを持参し、ケーキを切り分けながら1/2と2/4と4/8が等しい事を教えました。最後には皆でケーキを食べました。少しヌルくなってしまいましたが、口にクリームをつけて頬張る子供達の姿を見ると、安物のケーキでも幸せな甘さを感じることが出来ます。

子供達と接している時に気を付けているのが『すぐに正解/答えを教えない』『抵抗のある子・納得いっていない子には、無理に正解を押し付けない』という2点です。子供達に必要なのは、正解を知っているという事実よりも、考える時間と考える力…【“自分で考えてみる”という選択肢を持たせる事】だと思っています。教員免許も無い素人の考え、先生方に「それは違う」「間違いです」と言われれば、それまでの話ですが。

大人になり、組織になれば話は別です。個々に異なる正解が存在しようとも、組織として1つの解を出す必要がある場合は、申し訳ないけれども正解を押し付け、統一します。上の決定に下が従う。これが嫌なら組織から外れてフリーになるか、決定に関与できる位置まで行く…以外にありません。

子供のうちの正誤など、取るに足らない事です。それよりも、考える時間を増やして欲しいです。

Twitterで人気の自己責任論もそうです。大人にはありとあらゆる責任が求められると思いますが、子供はどうでしょうか。誰も望んで生まれてきたわけではありません。ましてや、この子達は育ててくれる親さえいません。この子達に向かって、一体誰が責任を問えるでしょうか?

責任を持つべきは、この子達が暮らす社会であり、その社会に生きている大人である…というのが私の個人的な見解です。他の方に押し付ける気も無いですし、同意して欲しいわけでもありません。ただ私自身はそのように考えて、そのように動いていたいというだけの、自己満足の話です。

子供は特別で、社会の宝(と私は思っています)なので、どうにかして彼等の力になりたいところです…が、悲しいかな今ボランティアで教えている子達を大人になるまで面倒見る、なんて事は出来ません。私に出来る事など、週に1度、楽しく勉強をする事だけです。あまりに小さく情けない話です。

いつも心が晴れの日ばかりではありません。時には曇り空のように、暗い気持ちになる日もあるでしょう。雨のように涙が止まらない日もあるかもしれない。自身が太陽となって空を照らす事が出来ればそれが一番ですが、残念ながらそれが出来るほど私は大きな存在ではありません。せいぜい、雲間から射し込む僅かな光になれるかどうか…といったところでしょうか。

この学習補助により、彼等の人生を大きく変えられるわけでもありません。気休めにもならないでしょう。バーガーにチーズを1枚増量する程度の話かもしれません。何年か経てば、私の名前も顔も思い出せないでしょう。

それでも良いのです。私の事を覚えておいて欲しいわけではないんです。一度は社会から少し置いていかれた経験を(意図せず)した彼等の、背中を押したり手を引っ張ったりしてくれる人がゼロじゃないんだと。まだまだ世の中捨てたもんじゃないな…と思える瞬間が、この先少しでも多く訪れてくれれば満足です。今日教えた事は分数でした。皆で仲良く何かを分けあえる機会があれば、それだけで今日という日は特別だったと思います。

次があるかも分かりませんし、あったとしても残り1-2回。そろそろヨーロッパへ帰るとお別れの時間が近い事を伝えたら、泣かれてしまいました。嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちになりました。特に何かを成したわけでもないのに。

時々、募金をしたりボランティア活動をしていると「時間とお金の無駄」「偽善」と言われる事があります。後者に関しては、事実そうなんだと思います。彼等の為ではなく、自分がしたくてやっていますから。しかし時間とお金は私のものなので、私の好きなように使わせて頂きます。確かに投資と考えたら、全くリターンの無い無駄な投資になるでしょう。投資をしたいのではありません。先述の通り、「子供を社会で支えるべきだ」という持論が私の中にある以上、口だけでは意味がないので行動で示したいだけです。

「その行動があまりに小さすぎて無意味なんだぞ」という指摘はごもっともなので、死ぬまで続けてやろうと思います。

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国を転々とする重国籍移民。C2級5言語、B2-C1級6言語のマルチお喋りクソ野郎。民間を経て、欧州委員会下位機関と欧州連合専門機関。Heidelberg→Oxford。ソムリエ、唎酒師、ビアソムリエの酒オタク。西欧人とのバツあり限界三十路です
コメント (2)
私はその自己満足、大好きです。
まず自分が満足できる事が大事だと考えております、ありがとうございます。
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