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8000年前から辿るフランス菓子の変遷

パンやお菓子のもとになる麦が栽培されたのが、今から6000年前とも8000年前とも言われている。そのころから人々は、パンやお菓子のもとになる穀物を食べていた。大麦などを石で砕いて、最初はそのまま噛み砕いていたのだが、やがて火を使うようになると煮て食べるようになる。そのお粥状の食べ物こそが、私たちの先祖が
始めて調理した食べ物だ。そしてそれに蜂蜜、木々の果実などを混ぜれば甘美なおやつになった。

そんなシンプルな食べ物が、どういう過程を経て現代の洗練されたお菓子になっていったか、お菓子のベースになる生地というものにスポットをあてて、解き明かしてみたいと思う。

お粥からガレットへ

古代から食べられていた食べ物、つまりお粥状に煮たものを甘くして食べられていたものは、今もなお食べられている。一番ポピュラーなのがお米のお菓子である。私たち日本人にはお米のお粥はなじみがあるが、お米と砂糖と牛乳で煮たお菓子は、フランス人にとっては伝統的なデザートの中に入る。お米のお菓子である。(フランス人は、病気になるとこれが食べたくなるらしい。スーパーにもヨーグルト売り場にある)。有名なものに、19世紀に作られたといわれる、リ・ア・ランペラトリスというデザート菓子がある。私がパリ料理学校で習ったそれは、お米を牛乳と砂糖、ヴァニラなどで煮て、ゼラチン、あわ立てた生クリームを加え、サヴァラン型に流して固め、上にフルーツの砂糖漬けを飾り、グロゼイユ(すぐり)のジュレをソースとするというものであったが、本来は、煮たお米にあんずのピュレ混ぜてゼラチンで固め、アングレーズソースでいただくというものである。以前、ピエール・エルメ氏が、お米を牛乳などで煮たリ・オ・レをグラスデザートに使用していたことがあったが、フランス菓子の温故知新を大切にしている彼らしいお菓子だと思ったのを覚えている。また、フランス南西部に行けば、とうもろこし粉を水や牛乳で煮たミアスというねっとりした食感のお菓子にお目にかかることができるし、ノルマンディーに行けば、米のお粥を、表面に黒い膜ができる
までオーブンに入れて焼くトゥールグールというお菓子もある。そして、ブルターニュの卵、砂糖、小麦粉、牛乳などを混ぜて、干しプラムを入れて型に流して焼くういろうのような食感のお菓子、ファーブルトンや、こちらもファーブルトンと似たような材料でつくり、チェリーを入れる、リムーザン地方のクラフティーは言ってみれ
ば、小麦粉のお粥ともいえる。

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(ノルマンディーのマルシェで見かけたツゥールグール)

お粥状の食べ物から次に古代人が発見した食べ物は、ガレット状のものである。彼らは、お粥状の生地の水分を減らして、石の上で生地をクレープのように焼くこともできるようになっていったのである。(古代人は、大きな石の周りに細い木をたててそれを燃やし、石を熱してその上で生地を焼いたといわれている)それが、ガレット
という形と食感のものになっていった。ガレットとは、平たく焼いた円形の食べ物で、かまど、あるいは大気中で焼いたものである。

フランスのお菓子の発展は、中世まではほとんど語るべきものはないようであるが、中世においては、このガレット状のお菓子はおおいに好まれ作られていたようだ。
その代表的なものがウーブリというお菓子である。ウーブリは、小麦粉と水、砂糖を混ぜてそれを平たい2枚の鉄板に流して、薄く焼いたお菓子で、そのまま、またはくるくる巻いて6,7枚いっしょに売られていたという。まだお菓子屋という職業がなかった時代、ウーブリは、オブロワイエというウーブリを専門に作る人々によってつくら
れ、少年たちが道で売り歩いたのである。かたや、今ではお菓子屋ということばを表す、パティスリーは最初、お菓子を作っていたのではない。このことばは、パート(生地)からきており、肉や魚、チーズ、フルーツなどをくるんで焼くパイを作っていた。そのころお菓子はパン屋が作っていたのである。しかし1440年に、パティ
スリーはお菓子も作ってよいということになる。

フランス中を見渡すと、ガレット状のお菓子は数知れない。ガレットとその名がつくものもあれば、そうでないものもある。以下例をあげてみると;

* ガレット・ブルトンヌ(ブルターニュ地方)・・・厚手のリッチなバター風
味が印象的なクッキー。しばしばブルターニュ独特の有塩バターを使ってつくる。

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* ガレット・ナンテーズ(ロワール地方)・・・ロワール地方、ナントの直径6cm以上のクッキー

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* ガレット・プロヴァンサル(プロヴァンス地方)・・・シュクレ生地をのばして、ふちを手でかたちどって、中にアーモンド生地を詰め、オレンジのコンフィを飾るお菓子。直径18~21cmが主流。

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* ガレット・ペルージエンヌ(リヨネ地方)・・・一度発酵させたレモンの皮入りのブリオッシュ生地を直径30cmの円にうすくのばして、砂糖とバターを塗って焼くお菓子。 

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* ガレット・ブレッサンヌ(リヨネ地方)・・・一度発酵させたブリオッシュ生地を型につめて、砂糖とクリームを流して焼くお菓子。直径18~21cmが主流。

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* ガレット(そば粉のクレープ)

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* ガレット・デ・ロワ(ロワール河以北)

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* ソッカ(南仏ニース)

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うち、ブルトンヌ、ナンテーズ、オランジュは、さくっとしているが、歯ごたえのあるしっかりした生地で、言ってみればフランス版クッキーともいえる。ペルージエンヌとブレッサンヌの生地は、発酵生地であるが、パンのようにふわっとした食感ではなく、少し噛み応えのある生地に仕立ててあるところが、発酵生地のガレットの特徴
である。ブルターニュで食べられるそば粉のクレープは、そのままガレットと呼ぶ。
普通のクレープと一緒にしてはいけない。なぜならば、それは食事用のガレットであり甘いデザート用ではないからだ。

また、ガレット・デ・ロワは、おおざっぱに見るとロワール河以北と以南のものは異なる。以北のものは、私たちの知る折パイ生地を使用したもので、ガレットと呼ぶが、ボルドーやプロヴァンスで食べられるものは、ブリオッシュ生地で作られるので、ガトー・デ・ロワと呼ばれ、これはリング状に生地を形づくり、フェーブを入れて焼き、上にオレンジやチェリー、アンジェリカなどのコンフィをにぎやかに飾る。
また、ニースのソッカは、ヒヨコマメの粉で作られる直径1mほどもある大判のクレープ。ニースのサレヤ市場で食べることができる。

そして、このいずれかのガレット生地のタルト型に敷き、フルーツを詰めて焼くタルトも広く中世で作られるようになった。ガレット状の生地は言ってみれば、今も昔も、フランス菓子においては、一番ポピュラーなポジションにあると言える。


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