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なかにし礼さんの集大成 « 夜の歌 »

序章は、いきなり穿破(せんぱ)という聞きなれないタイトルから始まる。穿破とは、がん細胞が隣接する他臓器の壁膜を突き破って侵入すること。これが起きると手の施しようがなく5日で死んでしまうらしい。


この本の著書なかにし礼さんは、昭和を代表する作詞家として有名だが、その前は、かなりの量のシャンソンを訳していたそうな。調べてみると、立教大学仏文を出ているんですね。私が彼に興味を持ったのは、そんなこともあるけど、なんといっても、満州で生まれ、戦争直後のソ連兵による襲撃、母親の不倫、そして壮絶な帰国体験を綴った « 赤い月 »という著書があまりにもショッキングだったから。川を渡らねばならないとき、母親が敵に見つからないように服の裏に縫い付けてくれたお金が重くて沈みそうになってしまう。赤い月は、もちろんフィクションも施されてはいるが、ほとんど自伝であろう。


特攻隊の生き残りだという兄は、自暴自棄に。戦後は会社を経営しては借金ばかり重ね、作詞家になった弟の印税にまで手をつける。稼いでも稼いでも、兄に持って行かれる。早く死んでくれ、となかにしさんは思っていたらしい。兄との関係は、 « 兄弟 »という小説に詳しくある。


で、この本 « 夜の歌 »は、今月15日に発売されたばかり。過去の赤い月も兄弟も、二度の手術をしたがんとの闘病も、全てを語るなかにし礼さんの集大成。まだ、序章と謎のゴーストが出てくるところしか読んでないが、なんかドキドキする。


二度目の手術では、がんは除去出来ず、医者からは、いつ穿破が起きてもおかしくない。1日1日、一時間一時間を大切に生きて下さいと言われる。なかにしさんの大切な生き方は、出かけることもせず、ただ美味しいものを食べ、ひたすら本を読むことだと書いてある。やはり人生最後の楽しみも、食べることなんですね。

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