見出し画像

人付き合いが苦手で不登校に。大人になって自分らしく生きることが健康である唯一の方法だと気づいた話

18歳でAD/HDとLDという発達障害だと診断を受けるまでに、私は15歳(中学3年生)の時に不登校になりました。

不登校になった根本的な理由は、人付き合いに疲れてしまったことと併せて、何に対しても何の意欲を感じなくなってしまったためです。

今回は、発達障害特有の人付き合いの難しさを中心に、自分らしさが必要である理由について、私の体験をお話させていただきます。

昨日まで仲が良かった友達に無視された

今では人との距離感が分からなくて、人付き合いに対してめっきり消極的になってしまった私ですが、もともとは人と関わるのが大好きでした。

誰にでも話しかけにいって、初対面の人と仲が良くなるのも早かったと記憶しています。

話したい時に友達に話しかけ、友達が自分の言葉をどう受け止めるのかなんて考えなくていい時期は良かったのですが、思春期に突入する小学校5年頃から友達と度々トラブルを起こすようになります。

昨日まで仲良く話していた友達が、今日登校して「おはよう」と声をかけると無視されました。

当時の私は自分が何かをした心当たりが無かったので、「私何かした?」とストレートに聞いていましたが、たぶんそれも間違いだったんでしょう。

今思うと私が何か無神経な言い方をしてしまったとか、友達の冗談を本気にとらえてしまったとか、本当に些細なことだったんじゃないかなと思います。

突然無視されては、しばらくして和解し、また無視される。

これを繰り返しながら、気づけば中学2年になっていました。

自分が教室に居るのか居て良いのか分からなくなった

中学2年は一番多動の症状が酷く、一度お喋りのスイッチが入ると止まらずマシンガントークを続けてしまうことが度々ありました。

酔っぱらっているかのようなハイテンションで話し続け、最後は脳がビリビリと痺れてくるのをよく感じていました。

感情の起伏が特に激しく、1日のうちにハイテンションな時から無気力な時を何度も繰り返していました。

学校でもこの感じで、クラスメイトと上手く会話が噛み合わない。思うように仲良くなれない。友達がカワイイと言っているのが理解できないなど、人間関係の悩みを毎日感じていました。

いじめられていたわけではなく。むしろ明らかにおかしい私を気遣ってくれる子も居たのに、私は教室に自分が居ていいのか、そもそも今ここに居るのかどうかも分からなくなってしまいました。

中学3年で不登校になる

中学3年に進級してから1ヶ月ほどこれまで通り登校していましたが、ある日登校直前に涙が止まらなくなり欠席。そのまま不登校になりました。

自分でも自分の感情が何なのか分からず呆然としていましたが、ただ教室に居たくないという気持ちはハッキリしていました。

自分とクラスメイトとの人間関係が上手くいかない。会話が噛み合わない。感性が合わない。

当時の私は、学校と家だけしか自分の世界が無かったので、これだけでも絶望的に自分の居場所を失ってしまいました。

大人になって私は自分のルーティンがあることに気づく

中学3年は不登校で当然評価が付けられなかったので、そんな私でも通える全寮制高校に入学しましたが、そこでも人間関係が上手くいかず、学校内で自殺未遂騒動を2度起こして僅か2ヶ月足らずで転校することになりました。

転校先は地元の単位制高校に通い、自分のペースで単位を取得し4年かかって卒業しました。

卒業後はそのまま就職しましたがすぐに退社。その後1年間ニート生活をし、主治医のすすめで貯金をはたいて一人暮らしをしました。

一人暮らしをしてから気づいたのが、私にはルーティンがあるということです。

起きたら時間を問わずコーヒーを飲みながら煙草を吸う。
そのままパソコンで作業をする。
決まった店で食材を購入し、必ず総菜のかき揚げを一緒に買う。

この他にも、自分が組んだスケジュールを誰かや突発的な出来事で崩されるのが本当に嫌で、崩されるたびに癇癪を起し、頭を抱えてスケジュールを組みなおしていました。

21歳で一人暮らしをし、23歳でこのことに気づいてから、数年間周囲に振り回されるストレスと戦うことになります。

母親になって自分らしくあることが健康で居られる唯一の方法だと気づく

突然ですが、私は結婚していて2人の子供が居ます。一人目を出産したのは25歳の時で、この時はまだ周囲に振り回されるストレスと戦っていた時でした。

子供ができればこれまで以上に予定が崩されるわけで、定期的に大きな爆発が起こるようになります。

さらに母親同士の付き合いも多少なりとも必要で、他の母親と変わらない“普通”であるフリを必死でしていました。

このことにも疲れはじめ、子供が1歳10ヶ月の時に保育園に入園させ、フリーライターとして在宅で働き始めました。

自分のペースで仕事と家事をするようになり、ようやく私は自分が自分らしくあることが健康で居られる唯一の方法だと気づきました。

誰にも自分のペースを崩されない。
誰にも自分を偽らない。
誰かに自分の仕事のやり方や人間関係を責められない。

そもそも自分らしくないことを強制されることに納得がいっておらず、悶々と「なぜ自分を殺さなければならないのか」「なぜ同じであることを求められるのか」と長い間悩み続けてきた私にとって、「だったら自分らしくいられる環境を作れば良い」と思い立ったのは本当に幸せなことだったと思います。

一定数で居る必要はない。私は一定数の人間ではない。

まとめるとコレが言いたかった

1 発達障害特有の人付き合いの難しさは、たぶんずっと悩み続けることだと思う

2 悩みすぎて自分が自分で居られなくなるのなら、いっそ人間関係が必要ない環境を作ってみてはどうだろうか

3 誰にも何も文句を言われない邪魔されない環境を作ることは、心身共に健康で居られる一つの対処方法

4 一定数で居る必要はない。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

今後の記事作成に役立てたいと思うのでサポートいただければ幸いです

これからも書いていきます
3
「なんで12時を過ぎたら13時になんの?」大人になるまでアナログ時計が読めず、靴紐が結べなかった私は「アホ」と呼ばれて幼少期を過ごした。 色々悩みながら今日まで生きてきたけど、私は“アホ”で良かったと思う。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。