「12時を過ぎたらどうして13時になるん?」18歳で学習障害と診断された私が大人になって思うこと

私は高校生になるまでアナログ時計が読めませんでした。18歳の時に学習障害と診断され、「あれは障害のせいだったんだ」と少しホッとしたことを今でも覚えています。

さて、この記事では自分ではどうしようもなく苦手なことがあっても、何だかんだで生きていけることを、過去の私を例に伝えたいと思い立ち書いています。

皆ができることができなくて悩んでいる
発達障害と診断を受けた
学習障害当事者の人の話を聞いてみたい

…といった方たちに読んでほしい記事です。

皆ができることができなくて初めて焦った

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どうにも私は算数が苦手でした。

例えば、タイトルにもあるアナログ時計。小学校に入ってすぐ、自分で針を動かして学ぶプラスチック製の黄色い時計を渡されて、先生が「〇時〇分に針を合わせてください」と言います。

1~12時までは余裕。でも、「13時15分」「15時」と言われると、途端に分からなくなってしまいます。

「なんで時計には12までの数字しかないのに、12を過ぎたら13時って言うん?」

他の子がキャッキャワイワイ言いながら時計の針を合わせる様子に、なんでできるのか分からず、自分だけできない状況に生まれて初めて焦りました。

似たようなことで、足し算や引き算・掛け算・割り算もできませんでした。

掛け算なんかは1×1から10×10まで答えが決まっているので、授業の度にノートに書き写して覚えようとしましたが、理解以前に覚えることもできませんでした。

決められた正解を導き出すのが苦手

数学や理科・社会など、決められた答えを記憶を頼りに正解を導き出したり、決められた方程式を使って正解を導き出すことが苦手でした。

でも、国語や音楽・家庭など、覚えなければいけないこともあるけど、実際に経験して覚えることは得意でした。

例えば、教科書や漫画・雑誌など、文字は子供でも日常的に読む機会が多いですよね。だから、多少難しい漢字でも読むことはできました。でも、書くことはできませんでした。

感想文など作文を書くことは得意で、何枚でも書けるくらい、作文用紙を前にすると書きたいことが自分の中でたくさん溢れてくるくらいでした。

授業の中で文章を書くことが一番好きだったこともあり、今こうしてライターの仕事をしています。しかし、主語や述語などは恥ずかしながら理解できていません。

高校は単位制高校を選んだ

小学・中学校とこの調子で、中学2年頃から少しずつ学校へいかなくなり、中学3年で完全に不登校になりました。この話はまた別の機会にお話ししますが、不登校で1~5段階の評価が空欄の科目が多かったため、高校は一度全寮制高校に入学しましたが、私には合わず3ヶ月で単位制高校に転校しました。

1日のスケジュールに従わなければならない全寮制高校とは違い、単位制高校は必要な単位を最終的に取れればOKというラフなスタイルの高校だったので、4年かかりましたが無事合格することができました。

4年かかった理由は、18歳の時に精神科に入院することになり、この時に1年休学することになったためです。入院した時に学習障害と診断を受け、少し私の気持ちが楽になったのを覚えています。

高校では、数学と情報Cに苦しみましたが、授業後に先生がワンツーマンで教えてくれたこともあり、単位認定試験で無事必要な単位を取得することができました。

発達障害を持つ人の中でも、「単位制or通信制高校で卒業できた」という声を聞くことが多いので、周囲に左右されず自分のリズムで通うことができる学校は発達障害を抱える人に合っているんだと思います。

就職失敗からフリーランスへ

高校卒業後、特別養護老人ホームに就職しましたが、利用者の顔と名前が一致せず、さらには利用者が抱える麻痺や病気なども覚えることができませんでした。個人情報保護の観点から、利用者の顔写真を写真で撮ることができないため、写真を頼りに顔と名前を一致させることができず、早々に退職。

1年ほどニート生活をしていましたが、今の夫と出会ってから「これじゃアカン!」と自分を奮い立たせ、パート従業員として働きながら、クラウドソーシングサイトでライターの仕事を始めました。

これがきっかけで、もともと文章を書くことが好きという気持ちが再熱し、様々な案件に応募していくなかで、フリーランスとして今日までこの仕事を続けることができています。

苦手なことは誰かに任せればいい

少し話が脱線しましたが、自分ができないor苦手なことは無理にしなくても良いと私は思います。

なぜだか学校では「自分で努力して決められた課題をクリアしろ!」が当たり前で、できなければできるまで繰り返し勉強させられるか、ほっとかれてしまいます。

しかし社会人になれば、今度は「一人で抱え込むなんてミスの原因!皆で協力してミスがないようにしよう!」と真逆のことを言われます。でも、私は“一人で抱え込まない”には大賛成です。

「できへんもんはできへん。なら、できる人にお願いしよう。」

私の場合、足し算や引き算など基本的な算数からできませんので、どんな小さな数字でも計算が必要なら電卓で計算します。計算間違いが心配なら、誰かに確認をお願いします。

フリーランスで躓いたのは、売上や経費の帳簿付けでした。これも数字や計算から逃れられず、書き方が決まっているので、ルールに従わなければ確定申告もできません。

ネットや本を見ただけでは分からなかったので、市町村が実施している個人事業主向けの記帳講座を受講しました。そこからさらに、1年間税理士さんに帳簿付けを学べるレッスンも利用して、分からない所は聞きまくりました。

今後頑張って売り上げが増えるようなら、税理士さんに確定申告を丸投げしたって良いんです。

私はまともに社会人をしてこなかったので、パッと思いつくことはこれくらいですが、苦手なことは得意な人に教えてもらったり、それでも分からなければ丸投げすることもできます。

”どうしようもなくできないこと“は、誰かに頼ったり、お金で解決することもできます。

学歴と人生の質は同じではない

高校生になるまでアナログ時計が読めず、他にも成績が悪く、アルバイトをしても続かない私は「アホ」だなんだと言われてきました。

確かに勉強ができなかったので、学歴は誇れるものでもないし、職歴も恥ずかしいくらい社会人経験がありません。

学歴がない。大した職歴も無い。何もない私は自分がやりたい仕事には就けないと思っていました。

でも、学歴や職歴は、その人の力量や信用をざっくり計るための目安でしかないとアラサーになった現在では思います。

そもそも、誰かに私を試されたり、計られたりすること自体が気に入りません。私は私で、私の人生は私の物なんです。

人によっては開き直りに聞こえるかもしれません。でも、今日や明日の私が「今日も良い一日だった」と思える日を過ごせるのなら、「アホ」だなんだと言われて過ごしてきた過去も悪いもんじゃなかったと思います。

そもそも発達障害なんて一定数に当てはまらない性質を持ち合わせているのなら、最初から隣の誰かと似た感じにはならない。誰かと似た感じの人生になんてなるわけがない。

だからこそ、自分がやりたいようにやる。これが、発達障害の性質に振り回されてきた自分をゆるせる唯一の方法なのかもしれないとオバチャンは思います。

まとめるとコレが言いたかった

1 発達障害を抱えているなら、全日制高校より定時制や通信制高校も検討してみよう

2 できないことや苦手なことは、無理にできるようになる必要はない

3 できないことは、できる人に助けてもらったり丸投げする

4 学歴・職歴 = 人生 ではない

5 発達障害なんてもともと“一定数”に当てはまらないんだから、自分の好きなことをやってみよう





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「なんで12時を過ぎたら13時になんの?」大人になるまでアナログ時計が読めず、靴紐が結べなかった私は「アホ」と呼ばれて幼少期を過ごした。 色々悩みながら今日まで生きてきたけど、私は“アホ”で良かったと思う。
コメント (1)
コメントありがとうございます!

まだ発達障害=暗いイメージ があるなかで、知るきっかけにしてくださりありがとうございます。

これからも発達障害についてのコラムを書いていきますので、気が向いた時に読んでくだされば幸いです^ ^
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