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1998年8月 現地到着~ホームステイ

 同級生と共にバンクーバーに到着し、まずは留学先であるブリティッシュ・コロンビア大学の寮に借り住まいを開始した。到着してから3泊は寮住まいだ。到着した8月1日は、ダウンダウンに近いイングリッシュベイという岬で花火大会。恐らく、以前もバンクーバーに滞在した事の有るカネダが案内してくれたのだろう。日本から一緒に到着した同級生数人で見に行った。

 それにしても流石高緯度バンクーバー。この時期の日没は21時を過ぎており、花火大会が始まったのも22時を過ぎていた。ラジオを活用してオーケストラと花火のコラボレーションだったのだが、この様な花火大会は初めての経験で感動した。しかし、その後大学のキャンパス内の寮に戻るのに一苦労。夜遅すぎてバスが中々来ず、やっと「UBC」と表示されたバスが来た時は心の底からホッとした。

 翌日、程よい疲れから目を覚ますと、やはり真夏のバンクーバーである。寮の窓から見えるのは、まばゆい朝日に照らされた木々の青々とした姿だった。ああ、自分は異国の地に居るのだ、と強く思いながら、キャンパスの中を散策した。朝とはいえ、これが日本だと既に暑い。それがこの時期のバンクーバーは日差しは強いが空気が冷えている。湿度が低いからだろう。日陰に入ると気持ち良い。

 キャンパスを散策しよう、と誘ってきたのはやはりカネダだった。カネダは大学へ入学する前の1年間、バンクーバーに語学留学に来ていた。その為、今回バンクーバーへ留学する事になっていた同級生達の中では、飛び抜けて街に関する知識が多かった。バスの乗り方一つ、あたふたしている自分や他の同級生たちをよそに、颯爽と街に溶け込む姿は眩しかった。そして何よりハンサムで大人びていた。留学前に付き合っていた彼女と別れて来ており、そしてその事を引きずっている事にも親近感を覚えた。自らの容姿や周りに流される性格に少なからずコンプレックスを持っていた自分にとって、カネダと仲良くなれたのは純粋に嬉しかった。

 「スタンレーパークにローラーブレードしに行こう」朝の散歩の後、スチューデント・ユニオン・ビル(通称SUB)のカフェテリアで冗談みたいに多いサラダを食べながらカネダがそう言った。私は出発前はギリギリまでテニスサークル活動に精を出しており、バンクーバーについての勉強を全くしていなかった。街の中に有る素晴らしい公園であるスタンレーパークの事も勿論知らず、そこの遊歩道をローラーブレードで走るのが流行っている事も全く知らなかった。

 我々の宿泊していたブリティッシュ・コロンビア大学(通称UBC)は、バンクーバーのダウンタウンから南西へバスで20分程行った所に有る。スタンレーパークはダウンタウンの北西。UBCからは当時はBC-Transitと呼ばれたトロリーバスで移動した。ダウンタウン行きのバスに乗り、幹線道路のグランビルストリートとロブソンストリートが交差する所で下車。そこからロブソンストリートを北西に歩く。ロブソンストリートがデンマンストリートと交差する所で右折、ウェスト・ジョージョアストリートかさ先がスタンレーパークの入り口だ。デンマンストリート沿いに観光客相手のレンタル自転車、レンタルローラーブレード屋が並んでいる。この後、私はローラーブレードが何たるかも知らぬまま、カネダの誘いに乗った事を後悔する事になる。

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