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戦略人事の消耗

こんにちは。エスノグラファーの神谷俊です。

最近「戦略人事」的な動きをしている人との関わりが従来よりも増えてきました。皆さん、とても能力が高く、真摯に仕事と向き合っていらっしゃいますが、その前傾姿勢に心配になってしまうこともあります(戦略人事に限ったことではないのでしょうが)。

彼らと関わる中で感じたことを書いてみました。

戦略人事の負荷が増大している

戦略人事の皆さんとお話をするなかで感じることは、かなりお疲れだということ。仕事のスケジュールなどを拝見すると、それでパフォーマンスは維持できるのかと案じてしまうこともあります。

「私の能力がなくて…」と自責的な語らいで共有される問題意識は、実は能力不足ではなく、時間的・体力的なリソースの問題(限界)なのではないかと思うこともしばしばあります。

さらに、心配になるのはそれを「乗り越えてなんぼ」という仕事観や役割認識を持たれていていること。リソースが枯渇しているのにも関わらず、さらにアクセルを踏み込んでいこうという姿勢も見受けられるところです。リソースが枯渇しているなかで「空ぶかし」を行えば、当然ながら「故障」します。ワークエンゲージメント論のJDRモデルに置き換えるならば、バーンアウトに陥るリスクが高まるということですね。リソースが不足している状態で、高い負荷(Job Demands)を受け入れるのは心理的にも成果的にも良いとは言えない。

図1


自然と仕事が増える構造

戦略人事が消耗する理由は、明白で役割の多様性が高いこと。上流(戦略的視座)から下流領域(プロジェクト視座)におけるすべてのフィールドに関与し、「設計」「運用」「改変」の全ての戦略プロセスに関与している方もいらっしゃいます(図は、私が戦略人事の思考としてレクチャーにつかっているスライド)。

戦略人事のパラダイム

経営層からは、戦略的な視点で資源の調達や分配に関する「重たい」相談もやってくるでしょう。また、現場や事業部からは随時「HELP」という声が寄せられる。さらに、それらのリクエストの文脈を読み取って自社の姿を把握したうえで、人事チームの諸機能を更新していくことも求められます。優秀な戦略人事ほどあらゆる経路から相談がきて、日々のスケジュールが面談で埋め尽くされていくのは自然な流れかもしれません。

これらの全てに万能的に対応できてしまうことは、ウルリッチの唱える戦略人事像をリアルに全うすることであり、まさに「理想」の戦略人事像なのですが……果たして持続可能か?と問いかけたくなってしまいます。

アナログな職務特性

戦略人事の消耗には、彼らの仕事がテクノロジーの恩恵を得にくいという事情も関係していると思います。

近年、HRの領域でもテック化や仮想化が進み、HR業務の効率化が進んでいます。ところが、戦略人事は、これらの恩恵を享受しにくいポジションかもしれません。戦略人事として求められる業務の多くが、認識の擦り合わせや交渉、ヒアリングなど、地道なアナログ業務の割合が大きいからです。

例えば、新設チーム内の相互理解を促す、経営陣の価値観を深掘りする、各事業部リーダーの文化的な視座を確認する、あるいは自分のチームメンバーとの信頼を構築するなどの対応です。これらの対応はSlackのやりとりだけで完結させることは難しいでしょうし、場合によってはZoomやTeamsでは埒が明かずに面と向かって対話することも求められる。

戦略人事が手掛けるのは、戦略と組織の融合、集団と個人の融合です。組織社会をつくりながら、個人の心理や行為に働きかけ、戦略を推進していくことが求められます。

ビジネス全体をとらえればテクノロジーの導入は凄まじいスピードで進んでいます。仮想化が進み、人間的関わりによって進められていた仕事は数値化され、自動化されるようになっている。通信速度、データ処理速度の変化にともなって仕事のスピードはとにかく加速化しています。

仕事が加速すれば、当然ながら人に関わる問題の発生頻度も高くなります。テクノロジーの比重が大きくなるからこそ、人間的な側面における問題も生まれてきやすくなるという側面もあるでしょう。その結果、「人事の○○さんの判断・対応待ち」のタスクは増加していく。構造的には、人事領域の仕事が「ボトルネック」となっていきやすいのかもしれない。

消耗への備え

このような背景を踏まえると、一定レベルでアナログな業務を負う戦略人事が消耗していくのは自然の流れであり、むしろその前提を踏まえて機能の整備や拡充をしていくことが求められるのかもしれない。

戦略人事自身が自らのリソースとうまく向き合うリテラシーを持つ必要があります。自分のコンディションを踏まえて、休憩・休息に時間を意識的に使うこと。あるいは、パーソナルコーチングやカウンセリングによって、蓄積していく心理的な疲労をメンテナンスすることなども必要でしょう。

また、戦略人事として動ける人材が不足しているならば、早めの人材獲得と、チーミングや後進育成を進めていくことが求められます。戦略人事は、組織内で構築されるネットワークの質によって、そのパフォーマンスが変わるもの。早期にメンバーを増やして、時間をかけて有益なネットワークの構築を促す必要があるでしょう。早めの備えが大切です。

組織としては、戦略人事に業務が過度に集中しないように、チャンネルや窓口を整えて「交通整理」したり、彼らが立ちまわりやすいように裁量を付与したり、必要な能力を獲得しやすいように機会提供するなどの対応が必要だと考えます。

いろいろと書いてきましたが、お伝えしたいことは「ご無理をなさらず」ということです。気合や根性も大切ですが、戦略人事として組織の核であることを自覚し、自らの能力がもっとも活かせる環境や仕組みを整えていくことも大切なのかと思います。相談などに乗れることがあれば、いつでもご連絡ください。微力ではありますが、お話をうかがうことぐらいはできると思います。

参考文献:
Schaufeli WB, Baker AB. (2004) Job demands, job resources, and their relationship with burnout and engagement: A multi-sample study. Journal of Organizational Behavior, 25, 293–315.
Wright, P.M. and McMahan, G.C. (1992). Alternative Theoretical Perspectives
for Strategic Human Resource Management', Joumal of Management, 18:
295-320.
Ulrich, D. (1997). Human Resource Champions. The next agenda for adding value and delivering results, Boston: Harvard Business Review Press.

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