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なぜ牛乳に魚が入っていたのか

『トマト缶の黒い真実』(ジャン=バティスト・マレ著、太田出版、2018年)というノンフィクションを読んだ。中国の新疆ウイグル自治区で収穫されたトマトがイタリア産ブランドのトマト缶となって輸出される。劣化した黒い濃縮トマトを水で薄め、失ったとろみをデンプンで補い、着色料を添加する。マフィアの暗躍と支配、奴隷のように働かされる労働者。黒い真実に迫った本書は、イタリアで出版停止になった。

食品をめぐる偽装や不正は日本でも後を絶たない。記憶に残るのは、不凍液などに用いられるジエチレングリコールがワインに混ぜられていた事件だ。自社農場のブドウ使用を謳う国産ワインに実はオーストリア産のワインが使用されており、それには甘みを増すために合成化合物が添加されていた。

インドでは密造酒に含まれるメタノールで死者が出る事件が毎年のように報道されている。エタノールよりも安い工業用メタノールを混ぜて味と香りを加え密売し、貧困層がばたばた倒れて死ぬ。

最も衝撃を受けたのは、中国で古タイヤを加工してタピオカとして販売していたという報道だった。健康被害を訴えた女性の腹部をCTスキャンすると大量の丸い粒が投影された。食感を再現できるという発想。間違いなくバレるのにやり切る度胸。逃げ切れる自信。あまりにもアクロバティックで怒りよりも感心が上回り、嗤うしかない。

十把一絡じっぱひとからげに消費者という名の巨大プールに放り込まれた私たちは、歓声をあげてぷかぷか水面に浮かんでいる。櫓から双眼鏡で見下ろしているあの監視員は何者なのか。プールサイドでサングラスを掛けマティーニを飲んでいるのは一体誰なのか。


私の友人がある国の僻地でボランティア活動をしていた。そこにはアメリカ人の女性もいて、若い女性同士のふたりは仲が良かった。ある日、アメリカ人女性が私の友人に打ち明けた。牛乳を買ったら魚が入っていたと。

その国で牛乳は瓶や紙パックではなく、500ml 入りのプラスチック製の袋で流通していた。そのまま飲む文化はない。沸騰させなければ衛生的に危ない。生で飲むのは飼っている牛やヤギの乳房に喰らいつく子どもたちぐらいだろう。

鍋に牛乳を移すとぷかりと小さな魚が浮いた。話を聞いた私の友人の正義感に火がついた。気の弱い友に代わって牛乳の製造工場を突き止め、怒鳴り込みに行く。彼女は追求の手を緩めず、真相に迫る。そしてとうとう、想像を超える事実を知ってしまった。

牛乳は、工場の脇を流れる川の水で希釈されていた。

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