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第1回 科捜研の女が肯定する不器用


作家の津村記久子さんが、自分にとって「圧」のない好きとか楽とかを考えるエッセイが連載スタートします! 第1回は、周りの女性たちが、実は毎週こぞって観ている(当社比)、あのドラマについて……


 40になると人は『科捜研の女』が好きになる。いや、自分より年上でも『科捜研』は観ないという人も知っているので、世界の真理なのだと断言する気はないのだけれども、わたしと同年代の友人はほぼ全員『科捜研』を観ている。『相棒』にしろ『9係』にしろ『捜査一課長』にしろ、基本的にテレビ朝日系列の水曜木曜に放送している一話完結ものの刑事ドラマを皆観ているのだけれども、中でも『科捜研』の普及度は特別のような気がする。今年の始めの頃はだいたい、友達と「土門さんやめなくてよかったよな」という話になったら30分は間が持った。みんな土門さんがいないと落ち着かないなと思っていた。


 『科捜研』を最初に勧められたのは、ある仕事相手の同年代の女性とやりとりをしている時の事だった。30代は基本的に、女性との話は『クリミナルマインド』と各種『LAW & ORDER』で乗り切ってきた感があるのだけれども、それでは済まなくなって、海外の刑事ドラマをどんどん視聴するようになっていたわたしは、その方と同じCSの局に入っていたのもあって、いろいろと情報を頂戴していた。「今月末からヴェラ(「ヴェラ 信念の女警部」)が始まりますよ!」というお知らせをいただいたりしながら、ふと「最近は科捜研の女がいいと思うんです」と書き送られてきたのを読んで、そうなのか、と思った。


 なので最初から「科捜研はどうも信用できるらしい」という前情報はあったのだが、実際に観始めてみると、いつのまにか信用どころか「録画したその日の再放送を見終わってしまうと寄る辺のない気持ちになってしょんぼりする」というところまで好きになっていた。

 単純に『科捜研』はおもしろい。硬軟取り混ぜた話で毎回楽しませてもらえる。2019年のシリーズだって、ぬか床を端緒とする捜査をあははと笑って気楽に見ていたかと思うと、キンコメ今野が元服役囚の被害者を演じる強烈に印象的な回もある。かと思えば、サバゲーの最中に撮られた数枚のポラロイド写真の時系列を推理することで事件の真相が見えてくるという凝った話もある。

 そして『科捜研』と言えば榊マリコだ。私見なのだけれども、国内のものも海外のドラマも、刑事ドラマの主な視聴者層と思われる30代以上の女性が納得できる、ストレスが少なく観ていられる女性像を描くことにはおそらく気を配っていて、どの女性の刑事を観ても「ないわ」と思うことはほとんどないのだが、マリコは特に観ていてプレッシャーが少ない。あんなに美人なのにもかかわらず。独身で働いている女性、働きながら子育てをしている女性、ときどきアルバイトをする専業主婦の女性など、さまざまなカテゴリの友人にマリコについてたずねても、納得しないまま観ている人はいない。

 それはもう、マリコだから仕方がない、という一つの揺るぎない個性を確立しているからとも言えるのだろうけれども、私自身のマリコに対する信頼をもう少し掘り下げてみると、「マリコはワークライフバランスの話とかしない」というところにたどり着く。言っておくけれども、現実でワークライフバランスというのはめちゃくちゃ大事なものだから、どの人も大いに話せばいいと思う。ただ、ドラマで描くとなると、変に都合のいい形で達成されているものだったり、過剰に壊れていたりして、なかなかいい按配というのがない。現実はそれほど個人の事情が千差万別だからだ。それに対してマリコのすがすがしさ、安定感は「ただもう一所懸命働く」というところに集約されている。マリコは本当に仕事しかしない。それはある種の、不器用さに対する肯定でもあるように思える。マリコは「女として生まれたからにはあれもこれもそれも達成していなければいけない」というプレッシャーをかけ合ったり、それを男に利用されるむなしさの外にいる人だ。


 「ただもう一所懸命働く」が絶対的に正しいことか、というと、そのことにも確かに疑問はある。ドラマの中では、マリコは働きすぎだという欠陥もちゃんと描かれていて、普通に所長は倒れたりするし、同僚も残業を嫌がる。そういう時のマリコは、なんだかもう一所懸命を通り越して狂気さえ感じさせる。そうやって「この人は変な人だ」というラインをある程度明確に引くことで、この働きぶりはマリコという人の個性なので別にみんな真似をしなくてよい、という緩衝帯がうまく担保されているように思える。


 あんな女の人は現実ではまずあり得ない人で、いたとしても本当に世界でもごく一部だろうということは理解している。それでもマリコは「とにかく仕事をする」という、愚直とも言える態度でそのあり得なさを乗り越え、木曜の夜の疲労したわたしたちの支えになってくれている。

 何でもできていなくていい。とにかく目の前の真実を必死で追うこと。どれだけ予め俯瞰できていても、物事を実際に進められるのは一瞬一瞬でしかない。だから現状と真摯に向き合え。マリコが常に体現しているのは、そのシンプルな正しさだ。勇気を与えられないだろうかみんな? わたしはそうだ。


(追記:水曜木曜のテレビ朝日系列の刑事ドラマが40代女性をターゲットにしているというのはまったく根拠のないことでもなくて、2019年の1月から3月にかけて放送された『刑事ゼロ』のエンディングテーマがTHE YELLOW MONKEYだったことでより確信に近付いた。イエモンといえば今の30代後半から40代の女性が10代の頃にデビューし熱狂したバンドだからだ。2020年1月から3月の『ケイジとケンジ』の曲が宮本浩次だったのもその流れなのかもなあと思う。何にしろ現在の刑事ドラマの最大の訴求対象は40代女性だ、おそらく)


津村記久子(つむら・きくこ)
1978年大阪府生まれ。作家。2005年、「マンイーター」(刊行時に『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で第21回太宰治賞を受賞しデビュー。08年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で第30回野間文芸新人賞、09年「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞、11年『ワーカーズ・ダイジェスト』で第28回織田作之助賞、13年「給水塔と亀」で第39回川端康成文学賞、16年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。他に、19年『ディス・イズ・ザ・デイ』でサッカー本大賞。他小説に『サキの忘れ物』、エッセイ『やりたいことは二度寝だけ』など著書多数。






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