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風邪ひいたり仕事や家の用事が立て込んだりでしばらく映画館へ行けてない間に観たい映画が渋滞してきてしまった(そして、今後更に増える予定な)ので、一度に2本観られる日は観ようと思い、どうせなら続けて観て意味のあるラインナップでということで。どちらも漫画原作で特殊な恋愛の形を描いた物語の上に、片や青春の始まりの"思春期"を、そして、もう一方は青春の終盤としての"結婚"を描いている「惡の華」と「宮本から君へ」をチョイスしました。どちらも人の心のドロドロしたところをこれでもかと抉って来る様な原作なので疲れるかなと思ってたんですが、逆にテンション上がってスッキリした気持ちで観終わることが出来ました。ということで、まずは「片腕マシンガール」や「恋する幼虫」の井口昇監督の「惡の華」の感想です。

えーと、まず、井口監督作品が好きというのがありまして、監督の新作として観ようとは思っていたんですね。で、原作も知ってはいたんですが、読んでいなくて。ただ、アニメ化された時にちらちら観てはいたんです(それはもちろん、凄い漫画があるという噂を聞いていたからなんですけど。)。でも、アニメ盤は原作の中学生編(全11巻の6巻)までしかフォローしていなかったので、僕が知っている「惡の華」は中学生編までの内容だったんです。で、このアニメ盤がですね。原作とは結構違う表現の仕方をしていまして。まず、絵が原作とは違って妙に実写っぽい絵柄なんです。つまり、アニメでありながら現実感というか生々しさを強調した様な表現の仕方だったんですね。で、それに加えて中学生編が割と突き放した、放ったらかしな終わり方をするので、特殊なシチュエーションで中学生の性を描いた衝撃作みたいな印象だったんです。暗くて鬱々として、まぁ、嫌な話だったんですよね。なんですけど、井口昇作品の僕の印象ってそれとは逆だったんです。他人とは違う特殊な立ち位置にいる人を描きながらもそれを特殊と見せない様な、そういう物語から普遍的な部分を引っ張り出して見せてくれる様な監督だと思っていたので、「惡の華」を井口監督がどういう映画にするんだろうという興味はあったんです。

で、観てみると、やはり、物語の主要なエピソードは中学生編で起こっているので結構知っている話だったんですね。ただ、そこに(原作では、中学生編の後から始まる)高校生編のエピソードが挟まる様な構成になっていて(いや、挟まるというか、高校生編を現在として、そこから過去を振り返る様に中学生編のエピソードが語られるので)、アニメ版で観ていた衝撃的なエピソードと、その事件後を回収する(言ってみれば救いの様な)エピソードが平行して進むことになるんです。ある事件に向かって物語が進んで行くんですけど、その事件がゴールではないということが最初から示唆されてる様な。思春期の真っ只中にいる時は地獄だけども、思春期を過ぎた後の人性も当然あるわけで、そこからの視点でも見られる様になっていたんですね。で、この、安易に絶望させない描き方っていうのが凄く井口監督っぽいなと思ったんですよね。地獄は地獄なんですけど、その地獄にいながらも世界を客観視していると言いますか。アニメ版で殊更に強調されていた「ボードレール」や「SM」や「変態」っていうことが、それほど重要事項ではないというか、そのワードの持つ不穏さみたいなものがほぼなくなっちゃってたんですね。で、どちらかというと、それによってもたらされたシチューエーションに対するワクワク感(テンション)の方が強調されていて。ボードレールは、主人公の春日くんが「俺はお前ら(一般人)とは違う。」とイキる為(そして、その後に、春日くんの上を行く真性中二病の中村さんにマウントを取られる為)の道具でしかないし、思春期の男子にとって、好きな娘の体操着の臭いを嗅ぐことは必然だし、同級生の女子との秘密の契約は否応なしに興奮するものっていう。思春期ってことの身も蓋もなさというか、その狂気よりもそこを経た後の虚無を抱いて生きて行く時間の方が重要だっていう描き方がされていて。だから、この映画で常盤さん(という高校生編で登場する第3の女性)と出会うんですけど、そこを描くのがじつは最も重要だという。彼女が登場することでなんか救われた気分になるのは、(それまで、現実世界はクソだと感じていた春日くんが、)現実の世界にも信じられるものがあるって気になるからなんですよね(現実に折り合いをつけるのが思春期からの脱却の第一歩だと思うので。)。常盤さんの役をやってた飯豊まりえさん、ほんとにめちゃくちゃ良かったですね。彼女の持つある意味での普通感(物事に対する普通の反応)が、ああ、この人を信じていれば救われるんだってほんとに思わせてくれるんです。

ということで要するに、中学生男子の春日くんが思春期という地獄巡りをしながら3人の女性と出会うっていう話なんですけど、この3人の女性の描き方がほんとに凄く良くてですね(既に最後に登場する常盤さんのことは書いてしまいましたが。)。まずは、まぁ、春日くんを地獄に誘う悪魔みたいな存在の中村さんていう女の子なんですが。うーんと、要するに春日くんがボードレールにカブれてるだけの単なる中二病少年だとしたら、中村さんは本当に社会に対して生き辛さを感じている真に孤独な人で。要するに、この孤独を共有出来る相手を探しているわけなんです。それで、春日くんに「お前の孤独は本物か。」と詰め寄るんですけど、まぁ、春日くんは孤独に憧れてるだけの普通人間なので、その要求には答えられないわけですね。この辺りの春日くんの自分も中村さんの孤独を理解したいっていうナルシズムとエロがない交ぜになった感じとかほんとに凄かったんですが、更にヤバかったのが中村さんの役を演じてた玉城ティナさんで。「Diner ダイナー」の感想の時も本人の存在感が凄いと書きましたけど、それ間違いじゃなかったですね。地方都市の陰キャであんな娘いたら最早ファンタジーですけど、そのファンタジーかって程の(ひとりだけ背景から浮いちゃってる様な)実在感のなさが逆にもの凄い存在感になっていて。そういう娘があんな目したり、あんな言葉吐いたりするってところで、春日くんにしてみれば自分が心酔しているボードレールの小説の世界を理解してくれるどころか自ら体現しちゃってる様な存在なわけです。だから、なんて言うか、そんな娘に身を委ねたくなるのも分かると言いますか。その位異次元の存在感だったんですよね。玉城ティナさん。

で、もう一方の言ってみれば天使の方の役割をするのが春日くんの憧れの女子の佐伯さんなんですけど(この佐伯さんを演じてた秋田汐梨さんて撮影当時15歳だったらしいんですよね。いや、それであの変貌ぷりって凄いですが。)。佐伯さんは正に理解してくれようとする人なんですよ。ボードレールのことも、変態のことも、要するに春日くんを理解してくれようとしているんですね。ただ、しようとはしてくれてるんですけどしてはいないんです。だから、春日くんは理想の女性だ。好きだ。なんて言いながら佐伯さんのことを全く認めてないんですよ。その辺も観てて伝わって来るので凄い話だなと思いましたけど。

そういう、春日くんが地獄を巡ってどういう風に現世に戻って来るのか。あるいは来ないのかってところの話になって行くんですけど(あ、ちなみに春日くんを演じているのは伊藤健太郎さんです。この人も、中村さんに脱がされて食い気味に喘ぐところとか凄い良かったですよね。)、基本的には狂気が興奮と面白さに変わる井口エンターテイメントなので観てて苦しくも楽しいんですけど、そこに新たに繊細さや切なさも加味されていて、人間は一生に一度誰でも狂う時期がある。それが思春期なんだっていうことの普遍性が嫌という程伝わって来ました。いや、思春期青春映画の新たな傑作ではないかなと思います。

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