ご報告
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
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ご報告



皆さまへ


ご報告です。


私 赤澤えるは、この夏をもちまして『LEBECCA boutique』のブランドディレクターを辞任いたします。

そして、これに伴いましてブランドも終了となります。

これまで私たちにお寄せいただきましたご厚情に心より感謝申し上げますとともに、急なご報告となりますことをお詫び申し上げます。

終了時期は7月の後半を予定しております。
所属会社より、オリンピックの開催状況によって変動があるとの報告を受けておりますので、後日公式SNSよりお知らせいたします。


かしこまった文章で始めましたが、ここからは自分の言葉で綴ります。


はじめに

私たちレベッカブティックが終了する理由は、コロナウイルスの影響ではありません。この状況下でもそうならずに続けられたのは、ひとえに今まで支えてくださったすべての方のお陰です。

もちろん、そこには愛するチームのメンバーたちも含みます。いつも私や理念に向き合い、ともに様々な不条理とも闘ってくれた彼女たちとその日々へ敬意を込めて、この事実を明記させてください。


終了の日が来るまでは、最後まで気を抜かず、全員で心を込めて服をつくりお届けしてまいります。これはチーム全員と固く約束していることです。

これからリリースする商品や、現在お店に並んでいるものはすべて、さよならのかわりにお贈りするものです。私の辞任まで商品展開の規模は縮小しません。お気に召すものがございましたらお迎えいただけますと幸いです。




辞任を心に決めてからおよそ一年。
とうとうこの日が来てしまいました。


私が書いたらいよいよ本当のことになってしまうのだと思うと、どうしても筆が進まず、はじめの数行を書いては消し、そればかりを何日も繰り返していました。ここまでの数百字を書くだけで今までのどの文章よりも時間と心を使っています。


今、これまで支えてくださった大切な人の顔が浮かんでいます。

やっと言えてほっとしている反面、今は寂しい気持ちでいっぱいです。


長くなると思いますが、創業からこのブランドを率いた者として、これから書けるだけのことを書きます。どうぞお付き合いください。

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本当はもっと先だった

辞任の意向を固めたのは、2020年3月6日のことでした。

実は、そのたった2日前まで私は、2年後(2022年3月)にポストを退こうとしていました。自分の思想に合ったものづくりを叶えたい気持ちが日に日に強まり、これまでお世話になってきた経営母体である株式会社ストライプインターナショナルから離れて活動していくことを決めたからです。


その旨は前々から社長(当時)に伝えて賛成を得ていました。当時は『辞任』ではなく『卒業』という形をご提案いただき、ブランドそのものは会社に残す考えが優勢。実行はすぐにでも、とのことでした。

が、仲間たちを置いてすぐに出ていくようなイメージが私には全く湧かず…

私がいる状態で“私不在のレベッカブティック”をつくるためにしっかりと動いて、それからここを離れようと決めました。

確かに、『卒業』はすぐにでもできる。
私がいなくても仕組みとして仕事はまわる。

だけど、ただ仕組みが機能するだけで本当に良いのか。ブランドとしてそれで大丈夫なのだろうのか。答えがNOなら、今ここで私にしかできていないことって一体何だろう。一番大切な引き継ぎはそれなのでは…


ひとり悶々とする日々。考えれば考えるほど、メンバーの顔、お客様の姿、今まで起きたすべてのことが次から次へと浮かびます。

自分ひとりの願望を叶えるその前に、きっかけをくれた場と人に自分ができること、すべきことは? それを満足に行うために必要な時間は?


毎日、本当に毎日悩みました。

その結論として私が出した、去るまでの所要時間は“2年”。

辞意を告げる日をスタートとし、最初の1年はチームのみに伝えてしっかりと彼女たちや事業と向き合い、その1年の終わりにお客様や関係各位に発表し、時間をかけてじっくりとさよならをする2カ年計画を立てました。


進みたい道は他にあるけれど、その道を見つけられたのはレベッカブティックでの日々があったから。家賃も払えず毎晩コンビニのおでんでお腹を満たしていた日雇いアマチュアカメラマンだった、本当に何者でもない粗末な私を拾ってくれた過去があったから。

そう自覚していたので、私にとって2年の月日を捧げることは妥当に思えました。


私がいなくなった後もブランドに携わる仲間ができるだけ安心して働けるように、大好きなお客様が引き続き応援したくなるようなお店に育つように。私は全力でフルコミットする気でいました。


計画の始動日に選んだのは2020年3月14日。
私たちの設立4周年を記念したイベントの日です。


その計画では、

イベント終了後に、チームに辞任の意向を伝える



そこから1年かけて“私不在”に向け
互いにしっかりと準備を重ねる



2021年3月
5周年記念イベントにて公式発表



2022年3月12日
6周年記念日に、ひとりでここを巣立つ

このように考えていました。


決心するまでにかかった時間は数ヶ月。

ブランドディレクターなんて大層な肩書きに追いつけるほど、私はかっこよくありません。かかってしまった時間がその証拠です。この計画を考えながら毎日ぐらぐらと心が揺れ動きました。

ブランドやメンバーを嫌になったわけではない分、続けながらでもうまくやれる方法があるのではないか、私たちなら新しい道を見つけられるのではないか、そんなふうにも考えました。


でも、このままでは、私の夢は叶わない。


どれだけ考えても、やはりその答えに行き着くのでした。


決意の夜

そして迎えた3月。

今になって振り返れば、世はコロナウイルス第一波の渦中。楽しみにしていたイベントが軒並み中止となっていき、ご多分にもれず、私たちの4周年記念イベントも延期が決まりました。

様々な対応に追われて落ち込む暇もなく、チーム全員が大忙し。


そんな中で訪れた3月4日。夜21:30をまわった頃のことです。仲間からの連絡でとある報道を知りました。

(指導によりここでは明記できないこととなりましたが、この報道は私を含むブランドのメンバーやブランドそのものを直接の起因とするものではありません)


そして、3月6日 19:00頃。
加えて衝撃的なことが起こりました。

こんな大切なことをTwitterのタイムラインに流れてきたニュースで知るなんて。本当に信じられない展開でした。


一連のことを受け、私は様々なことに思いをめぐらせ、考えました。ここには書き表すことができないくらい多くのことです。

私には、とても小さな規模ですが自分のチームがあり、私についてきてくれて、就職を決めてくれた心から大切なメンバーがいました。だからこそ今この時だけは、強い怒りも悔しさも無理にでも越えて、冷静になる必要がありました。



私は、辞任を強く心に決めました。


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(当時の日記の一部)


メンバーとの話し合い

不安に揺れるメンバーと毎日連絡を取りながら、一人ひとりと対面で話す時間をとることにしました。感染拡大防止の観点から迷いもありましたが、直接のコミュニケーションを希望してくれたメンバーたちが場所をセッティングしてくれることに。
素直な気持ちを聞かせてもらい、私の考えも伝えさせてもらう、一対一の貴重な機会を得ました。



話し合いが始まると、全員、私の前で涙を流しました。


普段は人前で泣くことなど一切ない私も、みんなの顔を見て、言葉を聞いて、堪えきれず泣いてしまいました。


私は、辞任の意向を固めたこと、実は以前から2カ年計画として考えていたこと、今はその計画とは全く別の動機で決意したこと、

私はすぐにでもいなくなることができるけどそれはみんなに私の果たすべき責任を押し付けることになると感じていること、
だからすぐには去らずに私がこのブランドに対してやるべきことをやってから出ていくと約束すること、

もちろんみんなには自分の道を自分で選ぶ権利があること、私だけが正解ではないこと、みんなにはここに残る選択肢もあること、
ブランドを引き継ぎたいと申し出るメンバーがいればそれが叶うよう私が可能な限り手を打つつもりでいること、メンバーが異動や転職を希望するならその力にもなりたいと思っていること、

そして、私についてきてくれるなら私はみんなを受け入れるための会社をつくる、と伝えました。



この時、それぞれから受け取った共通の答えはこうでした。


「レベッカブティックがなくなるなら」
「えるさんがいなくなるなら」
「私も辞めます」


全員が、ここにはもう残れないと口にしました。


しかし同時に、レベッカブティックそのものや、このチームのメンバー、そしてお客様や関係者の皆さんのことが心から大好きだと、それぞれの言葉で語ってくれました。

すごく辞めたいけど、同じくらい辞めたくない。

これが全員の心にある本音のように思えました。
そしてそれは私も全く同じでした。


みんな、たくさん泣きました。


もちろんこんな経験は私を含め全員が初めてです。だからこそ最終的な答えは今すぐの感情で出してしまわずに、退職後の道について全員の心が決まるまでは毎月たっぷり時間を作って一対一で話そう、と約束しました。

話す相手は私だけでない方が良い、今と意見が変わったって良い、それが私と真逆だって良い、一生懸命に考えた結論なら良い、私は必ず尊重する、そうも伝えました。


そして私たちは、今目の前で起きていることをしっかりと見つめながら、愛を込めてつくった服をお届けしたい気持ちに嘘はないことをそれぞれが時間をかけて確認し、今自分たちにできることはこの仕事を投げ出すことではないと、現時点でのひとつの結論を出しました。


そしてもうひとつ、私たちにはその時点で出すことのできた結論がありました。

それはチーム内の一部のメンバーに、辞任に関することを言わないでおく、ということ。

私たちのチームには、もうすぐ産休に入るメンバーや、この件とは無関係に転職間近のメンバーがいました。
彼女たちの未来を考えるとここで余計なストレスを与えてしまうわけにはいかないと思い、心苦しさを飲み込んで、言える時が来るまで全員で伏せることにしたのです。

今までずっと一緒にやってきて、たくさんのことをともに乗り越えて、なんでも話してきた大好きなメンバーに隠し事をするのはとても辛いものがありました。彼女たちだって隠されていたと知ったら嫌な気持ちになるのではないか、とも思いました。

でも、きっと話せる時が来れば、すべてを理解してくれるはず。大好きだからこそ今は堪えなきゃいけない。そう心に決めました。


この他にも、目の前で起きていることに対する自分の心の動きを第一に大切にすること、それから仲間やお客様のことを考えて行動すること、不安になったらいつでも連絡してきて良いこと、そんなこともメンバーと約束しました。


なんだかくさいことに聞こえてしまうかもしれませんが、あの時の私たちにはとても必要なことだったと思います。

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終わらない闘い

それからも、筆舌に尽くし難い苦痛が私やチームに襲いかかりました。

3月4日の報道を理由に、決まっていた取材や登壇はキャンセル、大きなコラボレーション企画や撮影も中断。匿名で大量に届く誹謗中傷や、それとは別に信じられない内容のメッセージを受け取ることもありました。
いてもたってもいられず、メッセージの送信者に会うため地方まで飛んだことも。弁護士を通して誹謗中傷の送信者が明らかになった時は、辞任への気持ちがさらに強いものになりました。

混乱が続く中、発令された緊急事態宣言を受け、私たちが店舗を構えるラフォーレ原宿は当面の休業を決定。メンバーともお客様とも会えなくなってしまいました。

そんな中でも全員でやれることを探してひとつずつ丁寧に取り組み、試行錯誤でなんとか乗り越えようとしました。


辞任の意向は固めたものの、それどころではない空気が流れていたのが正直なところ。大型商業施設は退店の意向を伝えても、すぐにそれが叶うわけではないのが実情です。これはコロナ禍とは無関係の事情で、正式な手続きを終えてから数ヶ月はそのまま運営を続けなくてはならないルールなのです。

そして大抵の場合、手続きを終えても"終了の告知"は規約上、自由に行うことができません。商業施設の規則や会社のルールがそれぞれあって、ブランドはそれに従う必要があります。

私たちの場合は、この未曾有の事態を前に、手続きはおろかそのための会議すらまともにできない状況が続いていました。


営業再開後、会社がきちんと機能を取り戻し、私が現社長に辞任の意向を伝えられる状況になったのは、それから何ヶ月も経ってからのことでした。

現社長は、私の意志を尊重するとして、然るべき時期や告知のしかたなどをそれぞれの担当と相談するよう言ってくださいました。
私たちが泣きながら話し合った時のことやその内容、私に届いた数々のメッセージについてもお伝えしましたが、それについて明確な反応をいただくことは残念ながらできませんでした。
その場では、厳しいお言葉やご指摘もいただきました。唇を噛む瞬間も正直ありましたが、何よりも私たちの終了に対する姿勢を尊重するという回答を得られたことと、時期についても自分たちで話し合って決めるよう指示が出たことが大きく、一山越えたという感覚がはっきりとありました。

現社長からしてみれば、私は社員でもなければ、今までほとんどコミュニケーションを取ったことのない人物です。事業規模も小さく、社内ではかなり特殊な形態のブランドだったにも関わらず「辞めるつもりなら今すぐ終了ね」などと答えを出さずにいてくださったことは、私たちの安心に繋がりました。

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それからのこと

メンバーも少しずつ冷静に考えられるようになり、それぞれがこれからの道について自分の言葉で話してくれるようになりました。中には、この会社に残りたいという結論を出した人もいます。


そして、産休に入っていたメンバーは無事に出産。
先日やっと会うことができ、直接今までのことを話すことができました。彼女は私と前職でも一緒で、立ち上げ期の全く売れなかった時代を経て、一番ぶつかりあってきた人です。だからこそ私が伝えたいことはすぐに理解してくれたようでした。

新しく仲間入りしてくれたアルバイトのメンバーたちにも、私から直接このことを伝えました。みんな泣いてしまいましたが、最後には「LEBECCA boutiqueに入って良かった」と言ってくれ、最後までともに頑張ることを誓ってくれました。


本来であれば、社や館の規定により、アルバイトスタッフへの通達はチームの中で一番最後になるそうで、閉店の一ヶ月前の告知がほとんどだそうです。大きなブランドになるとニュースで知ってしまうスタッフもいるのだとか。

そして、お客様にも同じように、基本的には閉店一ヶ月前にしか告知できないそう。これは、断じて動かすことのできない決定事項として私たちの前に立ちはだかりました。

このルールや慣習には色々な理由や事情があるようなのでここでは割愛しますが、私はどう考えても、LEBECCA boutiqueというこの小さなブランドにおいてはこの規定に則る必要性を全く感じませんでした。

むしろ、私が思い描いていた2カ年計画のように、なるべく早い段階でお伝えすることこそが私たちが貫いてきた姿勢には合っていると思ったのです。


最終的には「私が責任を取る」と言い切り、担当の方も「このブランドのことを理解しているからこそ絶対に叶えたい」と言ってくださり、結果として関係各所から承認を得ることができました。
そのお陰でこのように前もってお伝えすることができています。イレギュラーなことに向き合ってくださった担当の方には感謝してもしきれません。

これからリリースする商品は全て、さよならのかわりにお贈りするものです。この“一ヶ月前告知ルール”をもしも変えてもらえなかったら、十分な届け方が叶わなかったような気がします。私たちの考えを尊重し、動いてくださった全ての方に感謝申し上げます。

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今の思い、考え

辞任と終了に関する理由の詳細を書かないことがやんわりと決まったとき、まずはじめに浮かんだのはメンバーとお客様の顔でした。

特別なものなんて何も持たない私が、がむしゃらながらこの5年で積み重ねることができたのは、このまぶたの裏の光景です。

私がいかにも堅苦しい定型文だけでお知らせをしても、きっと今まで寄り添い続けてくださった大切な人にはバレてしまうと思っています。だから、核になる部分は割愛しながら、ここまで事実だけを書きました。本当はもっともっとすごいことがたくさんありました。


それでも、明記しないよう私に助言した方は一人や二人ではありません。最初こそ、そういう人のことが憎いとまで思っていました。このことを明かすことで様々なご意見を頂戴するとも思います。

あれから一年、たくさんの方と意見を交わしました。中にはあの件に関して直接的な関係のある方もいます。私と同じく辞任を決意し離れていった方も、離れていく際にあの3月4日に報道があった件に関してアプローチをした方もいます。

私はこの一年間、様々な方とお話しさせていただいた上で、意図せずとも知ってしまったたくさんのことを私から暴露的に書き立てるのは、現時点で私のとるべき行動ではないと考えています。

保身的で憎いと思っていた人にも、公に明記できない事情をそれぞれが抱えていたり、中には本質的な解決を望んでいる方の存在もあることを知り、少し捉え方が変化しました。


今後もこのことにはずっと自分なりに向き合っていくつもりです。ひとりの社会人として、ひとりのリーダーとして、そして、ひとりの女性として。

この手ですっきりとさせることができなかったのにこんなことを言うのはどうにも格好がつきませんが、私は、そして私たちは、今そのように考えています。

あの件に関して、私に本当のことを話してくださった方々にも、どうか納得のいく日々と未来が訪れますように。心から願っています。


最後に

私はこの夏、宝のようにずっと大切に守ってきた、レベッカブティックをこの手で閉じます。

学歴もない、しっかりとした経歴も特にない、一つのことをじっと続けることすらまともにできない、未経験の私を拾ってくださり支えてくださった、この会社を離れます。


信じられないようなことがきっかけとなりましたが、私に道をひらいてくださったことは、この先もずっと揺るぎない事実です。そのことには一生、ずっと、感謝しています。本当にお世話になりました。たくさんご迷惑をおかけしました。あと少しだけ、宜しくお願い致します。


そして、お客様には、様々な思いを抱えさせてしまっていることと思います。驚かせてしまって本当にごめんなさい。いつも会いにきてくださる方も、まだお会いしたことのない方も、遠くにいらっしゃる方も、推しのためにご利用くださっていた心優しい方も、私は皆さんのことが大好きです。永きにわたるご愛顧に、心より感謝申し上げます。



私たちは秋物をつくることなくブランドを閉じます。

夏のアイテムが最後のリリースとなります。最後まで気を抜くことなくしっかりと準備を重ねております。残りわずかな時間となりますが、私たちの世界を存分に楽しんでいただけますと幸いです。

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最後に、


ずっとお世話になった大好きな福田事業長、最初は大ファンからのスタートで今はなくてはならない存在のユマ店長、立ち上げからずっと私とブランドを支え続けてくれている荻町、みんなをいつも明るい気持ちにさせてくれるまみこ、アシスタントデビューからすぐの独立だったのに素晴らしい功績をみせてくれたななこ、一番ぶつかりあったけど一番一緒に這いつくばってやり抜いてくれた千夏、私たちの頼れる末っ子ありさ、一度は諦めたのに上京してきてくれたあやちゃん、そして今まで関わってくださったすべての皆さま、理想的ではない離れ方をしてしまった方も…

本当にありがとうございました。
心の底から感謝しています。

この経験は何物にも代えられない、人生の宝です。



LEBECCA boutique、
本当にたくさんの物語が生まれました。

あと少しだけ、お付き合いいただければ嬉しいです。


しんみりする書き方をしてしまいましたが、終了まではまだまだ日があります。また、思い出を振り返りながらこの愛おしい五年間のことを綴りたいと思います。




ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。

LEBECCA boutique 最後の夏にご期待ください!




LEBECCA boutique ブランド総合ディレクター
赤澤える

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赤澤える

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