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Food|「ポール・ボキューズ」二つ星に降格と、人生を自分で決めること

ポール・ボキューズ」、55年間守り続けた三つ星を失う――。

とうとう、その日が来たか」。ニュースを見て、そんなことを思った。

一方、世間の反応はさまざまで、ミシュラン自体を批判する人や、当然という人、ほんとうにいろいろあった。日本の大手新聞もまんべんなく報道。「三つ星を失う」ということがこんなにニュースになるのは、やっぱりスターシェフが開いたレストランなのだな、と改めて思う。

「ポール・ボキューズ」を誰が評価するのか?

リヨン近郊のコロンジュ・オ・モン・ドール村にある「レストラン ポール・ボキューズ」は、1956年から続く家族経営のレストランだ。1959年にポール・ボキューズさんが父ジョルジュから店を引き継ぐと、1965年「ミシュラン・ガイド」で三つ星を獲得。以来、2019年版まで55年間三つ星を維持し続けてきた。

フランス料理界の絶対神のような料理人であり、フランス料理を世界に広め、フランス料理人にとって精神的支柱でもあった。また、誰もが認める人格者であり、自由の人柄も大きな魅力だったそうだ。

僕は一度だけ、ボキューズさんをお見かけするチャンスがあった。2015年に「ボキューズ・ドール」という料理版オリンピックの取材で、フランス・リヨンに行ったとき。ボキューズさんの名前を冠したコンクールなので、前回大会までコンクールに出席されていたのだが、この年は体調不良で欠席。残念ながら、お見かけすることは叶わなかった。

もちろんリヨンの「レストラン ポール・ボキューズ」で食事をしたこともない。日本に、フラッグシップ店もあるが、こちらも食べていない。

なので、「レストラン ポール・ボキューズ」が「どうして三つ星じゃないんだ?」とか、「このミシュランの判断自体を軽蔑する」というようなことは言えないし、それに星の上下はあくまでミシュランが決めた評価なので、本質的に「僕が行きたいかどうか」にはまったく影響がない、というのが正直なところだ。

なので、このニュースを見て「とくにnoteに書く必要もないなぁ」と思っていたのだが、つい編集者の癖で「一応、レストラン自身はこの状況をどう考えているのか」と事実確認のためにポール・ボキューズのサイトに行ってみた。

すると、「レストラン ポール・ボキューズ」は、現在改修工事中であることを知ることができた。

レストランが決めたレストランの未来

オーナーシェフのポール・ボキューズさんが2018年1月20日に91歳で亡くなってから2年。ボキューズさんの意思を受け継ぎながら、店を引き続いたスタッフが、新しい「ポール・ボキューズ」の店をすでにスタートさせていた。改装は、その具体的なスタートのひとつだった。

実際、改修工事はすでに2020年1月2日から始まっており、23日に終了するという。

そういった事実は、僕が知る限り、どのメディアにも報道されていなかったし、「ボキューズ、降格!」「フランス料理の伝統が」と騒ぐSNSアカウントの誰も教えてくれなかった。

そして実際のレストランの声明も発表されていた。フランス語のみだったが、Google翻訳の力を借りて、何とか内容をつかむことができた(便利な世の中だ)。

声明では、「ポール・ボキューズ」は昨年10月からすでに改装の計画を進めていたとある。その選択自体は、お客さまやジャーナリストからも評価を受けているもので、調査員の判断に動揺しているが、(三つ星よりも)私たちが一番失いたくないものは、ポールの魂である、と記載されていた。

ミシュラン・ガイドの三ッ星は、世界中のレストランにとってのあこがれであり、世界のほんの一握りの人たちにしか味わえない栄光だ。

テレビドラマ「グランメゾン東京」では、開業したその年に三つ星を獲った感動的な場面があった。実際は、ドラマと同じ、もしくはそれを超えるほどの努力をして、文字通り人生を賭けて三つ星を目指している。そのため、三つ星から降格が理由で自殺をするシェフや、降格理由の明示を求めて訴えるシェフもいる。

一方で、ミシュランの星を守り続けることに疲れ、自ら星を返上するレストランもある。

それだけ、命を懸けなければ手に届かない、まさに「」なのだ。

報道を読むと、ボキューズさんの生前から三つ星のレベルにある店ではなかったいう趣旨も書かれている。確かに、レジェンド中のレジェンドで、たとえば、野球のイチローのような国民的スターなので、ミシュランが星を落とすという決断は、存命中であればなかなかできなかっただろうな、というのも想像できる。それが、死後2年たったのを機に――、ということも考えられる。

さまざまなストーリーを考えられるけど、それよりも僕は、「レストラン ポール・ボキューズ」が自分たちで「ボキューズ亡き後の『レストラン ポール・ボキューズ』の姿」を創り始めていたことが、なにより変わらないこのレストランの価値なんじゃないかと思う。

終わりを自分たちで決められること

偉大なるレストランと比較することは、あまりにおこがましいが、「終わりを自分で決められる」というのは、とても幸せなことだと思う。

先ほど例に出した野球でいえば、多くの選手は「解雇」によって野球人生を終えることになる。社会人で考えても、仕事やプロジェクトを離れるタイミングが解雇や一方的な通告であるよりも、自分の発展のために、やめるレールを作って次に行けることができると、すべてがポジティブだし、次への準備もできる。

中小企業の倒産などもそうかもしれない。終わりを選べないというのは、とても苦しいことだと思う。

しかし、55年も三つ星を維持し続けたレストランは、自分たちの未来を自分たちで決めたことができた。本当に素晴らしいことだと思う。

そして店の声明にもある通り、この決断を客やジャーナリストなど、店を愛する人が支持してくれていることが何より素晴らしい。

レストランは、何のためにあるのか。

食文化を守るため? 伝統を守るため? 伝統料理を継承するため?

すべてはお客さまのためにある。それこそが、ポール・ボキューズの魂であり、55年三つ星を守り続けたレストランの「流儀」なのではないか。

(追記)

これは、僕の勝手な憶測だけど、新生「レストラン ポール・ボキューズ」の花向けとして、ミシュランガイドは、三つ星からの降格をしたのではないかと思っている。

星にこだわり続けることもできるなか、第2章へ向かうことを選んだ「レストラン ポール・ボキューズ」に対して、現在のミシュランガイドとして正当な評価をしたとすれば、そこで働く人たちに対しての最高のエールなのではないだろうか。そんなことを考えている。

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