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メダカたちよ、永遠に。

 私の癒しの時間のひとつは、水槽のメダカを観察することだ。
 オスが9匹いる水槽の水草に、次世代の卵を発見したくて、メスを5匹迎え入れたのは、先月の終わり頃だった。
 
 ところがだ。
 3日ほど経った夜中、気持ち良く眠っていた私は息子に叩き起こされた。
 
「メダカが死んでる! 今すぐ水換えしないと!!」
 
 買ったばかりのヒメダカのメスが一匹死んでいた。環境が合わなかったのだろうか。
 すぐに水を換えなければ、死因が病気だった場合、生きているメダカにも悪影響を与えてしまうらしい。だから真夜中であってもやるべきなのだ。
 
 この作業は面倒だ。だが、我が家には水槽が二つある。小さい水槽がA。大きい水槽がB。空の水槽Bに水を溜めてカルキ抜きし、今使っている水槽Aのメダカを一匹ずつ網ですくい入れていく。メダカすくいのスキルが高い私なら、逃げ回る彼らを10分もあれば新たな水槽へと移しかえることは可能だ。だが、水槽の引越し作業は、寝ぼけた私の場合、いつもよりも時間を要した。
 
 メダカは、14匹から13匹となった。
 なぜ死んでしまったのか。
 
 
 翌日の夕方、仕事から疲れて帰ってくると、息子と娘が興奮ぎみに「メダカが4匹も死んでた!」と言う。
 私は悲しく思いながらも、今から水槽の引越し作業か・・・とため息を漏らした。
 洗って干してあった水槽Aに砂利と水を溜めてカルキ抜きをしておく。それからメダカすくいをし、水槽Bから水槽Aへと引っ越しをする。覚醒していた私のメダカすくいは、10分ほどで完了した。
 
 メダカは、13匹から9匹となった。
 何がいけなかったのか、わからない。
 
 
 
 私たち家族は、水槽の水草に卵が付いているかと期待はしなくなった。その代わり、「大丈夫か?」と、メダカの安否確認をするようになった。
 
 一匹、二匹と天へと召されるメダカを見送る度に、悲しみで心が沈む。原因不明なのがまた不安にさせる。ネットで調べても、それらしき因果関係が掴めないのだ。
 私は、やり場のない陰の感情から現実逃避したくて、
 
「これは呪いなのか呪詛なのか!?  たすけて天使様!!」
 
 と、中二病的発言をしてしまう始末。
 
「呪いでも呪詛でもないよ。アホらしい。早く水換えるよ!」
 
 息子は冷静に私を諭した。
 
 朝方でも、夜中でも、メダカが天に召されたのを確認すれば水換えを行った。
 
 特に朝方の水換えは好きではない。眠い上に、謎の細かい羽虫がタカってくるからだ。腕や顔や頭皮へと謎の羽虫が這いまわる。それは、ボールペン先程の細かい羽虫だ。
 
 近頃私たちの住む地域では、謎の細かい羽虫が、窓を開けていなくとも室内へと入ってくるから困っている。職場にいても、ボールペン先ほどの黒い羽虫が大群で飛び交い、建物の中に逃げようが、ヤツ等は締め切った部屋にも侵入してくるからタチが悪いのだ。その虫は早朝から昼過ぎまで活発に飛び交い、夕方までには大量に床に落ち、黒い粉を撒いたかのように死ぬ。死ぬまでは空気中を彷徨い、人の身体をコトコトと這うのだ。皮膚の痒み、鼻水、目の痒み、気管支のムセ。その症状は花粉アレルギーよりも酷いものだ。それらの羽虫で、アレルギー症状に苦しめられる人は多い。
 ここ何年か前に発生した、梅雨の時期に現れる細かな羽虫の大群は、憂鬱な時期の気持ち悪さを一層不愉快なものにさせていた。
 
 その虫の対策として我が家では、コンセントに繋げて虫を退治する機械を24時間電源オンにしていた。私はその殺虫マシーンの光を見て、なんとなくひらめいた。
 
 メダカの死因との因果関係があるのかもしれない。
 
「もしかして、メダカの大量死の原因ってこれ!?」
 
 息子は目を見開き、
「かもしれない!」 と叫んだ。
 
 殺虫マシーンが、水槽の中のメダカにまで影響を与えることって、あるのだろうか。
 私たちはただ、その理由が欲しいだけなのかもしれない。本当のところは分からないが、かもしれないのならその可能性を無にしたいと思った。
 私は殺虫マシーンのスイッチをオフにし、換気扇を回した。
 
「それが原因なら、オレらが殺したってことになる。オレらに飼われたからこんな目にあって、かわいそうすぎる・・・」
 
 息子は泣きそうになった。
 私は、かもしれない原因が一つ発見できたことに安堵した。この負の連鎖を断ち切れるかもしれない希望の光が見えたからだ。それと同時にこの悲劇の怒りを羽虫にぶつけた。
 
「あいつらのせいだ! あいつらがいるから殺虫マシーンの電源を入れた! そうしたらこんなことに・・・、なんてこと・・・。 電源を入れたのは、私じゃないか・・・!!」
 
 世の中は、プラスとマイナスでできている。
 何かを得れば何かを失う。
 どっちも欲しいなんて、無理なんだ。
 
 今水槽には、メダカが3匹泳いでいる。
 羽虫がタカろうがしばらく我慢し、3匹のメダカの行く末を見守って行くと決めた。
 
 たくさんの仲間を失った3匹は、今何を思うのか。
 悲しいのか。心細いのか。
 そう思わせるかのように、広くなった水槽の中を、3匹はくっついて泳いでいた。
 
 
 
 
 
 

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