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満島エリオ
2019年8月22日 11:51
君の耳が好きだった。君の耳は平均よりひとまわりくらい小さくて、耳たぶも小さくてあまりふくらみがなくて、溝がくっきりとしていた。君の大学生のお姉ちゃんがピアスを開けた時、自分も早くピアスしたい、と言った時にはちょっと嫌だなと思った。その面積の小さな耳たぶに穴が開いてほしくなかった。言ったら気持ち悪いかなと思って言わなかったけど。ふだんは下ろした髪に隠れて見えないそれが、たまに君が髪を結んで
2019年3月19日 03:23
僕は透明人間だ。誰も僕を見ないし、僕の声は聴こえない。僕の名前も……僕に名前があったことさえ、もしかしたら知らないかもしれない。並ぶ窓枠は牢獄みたいに空をいくつにも区切る。トリミングされたガラス越しの四角い空をひっそり見上げながら、僕はひたすらに春を待っていた。*「次の数学、プリント提出だっけ」休み時間、誰かが言った。「あー、リコ持ってくんの忘れたかも」甘ったるい、佐伯
2018年11月18日 23:48
※こちらの小説は、2015年に文学フリマにて頒布した「闇鍋」に収録したものに一部修正を加えたものです。再録の予定等ないので掲載いたします。ひかりのふね 雨が降っているとき、この部屋は方舟のようだ。 表の道にはひと気がなく、雨が屋根やコンクリートに打ちつけるかすかな音だけが聞こえる。ドアも窓もぴたりと隙間なく閉じられて、冷たく濡れていく外の世界を遮断する、行くあてのない方舟だ。 翌日が仕事
2018年11月18日 23:47
※こちらの小説は、2015年に文学フリマにて頒布した「闇鍋」に収録したものに一部修正を加えたものです。再録の予定等ないので掲載いたします。 星のない夜を見上げる1.『元気?』 巽遼平からメールが届いたのは、三年か四年ぶりのことだ。それで私は、自分がもうずいぶん長いことアドレスを変えていなかったのだと知った。 たった一言の文面は、何年も音信不通だったとは思えないほどあまりにも普通だった。
2018年4月8日 12:08
※以前にアップした「秘密」という作品の続編です。内容は独立しておりますが、よろしければそちらからお読みください。https://note.mu/eriomitsushima/n/nff331da8002b赤い。赤いあかいランドセル。 合皮のなめらかな曲線、銀色の留め金、細い糸によって縫い合わされた、あれは一つの完成された世界だ。 しかし、と羽鳥は思う。 ランドセルとはあんなに赤いものだ
2018年4月1日 19:03
「みちかけ」は、新宿三丁目から十五分ほど歩いた静かな路地にひっそりとあるバーだ。「みちかけ」での仕事にそう難しいことはない。私はだいたいいつも五時過ぎにお店に行き、お店の前の道を掃き、店内の床を軽く掃除し、机の上を拭く。氷とグラスの準備をして、お通し用のクラッカーやオリーブやチーズの補充をする。六時前になるとオーナーのチカコさんが出てきて(二階がチカコさんの住居になっている)、お金の確認をしたら
2016年4月22日 08:42
冴島羽鳥と冴島美鳥は双子だった。 二人は人形のように美しい双子で、同一の存在が分離したかのようによく似ていた。男女の双子であるにも関わらず性差を感じさせないほど二人がそっくりだったのは、どちらかと言えば羽鳥のほうが、男の子らしさのようなものをごっそりと欠落して中性的だったためだろう。 七歳のときに二人は母親とともに雪の深いこの町にやってきて、町はずれにある空家に棲みついた。その時から父親の姿