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母親をブロックした話

最近久しぶりに大学時代の恩師(コロンビア人。毒母から逃れて日本までやってきた)と連絡を取った。

「君の毒母とは決別した?」と聞かれた。

「最近母親をブロックしました。」

と答えたら

「最初の数ヶ月は辛いかもしれないけど、その後自分の足で立って生きる喜びを見出せるようになるよ」

と言われた。




私の母親は、私に良い教育を受けさせる為に必死に働いてくれたし、社会に出た後も経済的にいつも支援してくれた。世間一般的に見れば、素晴らしい親だと思う。

私の人生、いつもいつも

母親が私を彼女の敷いたレールに乗せようとする

→最初はそれに乗って頑張ろうとする

→無理が来る

→反抗し、母親からの独立を決心する

→経済的に困窮する

→母親の元に戻って頼る

→母親が金銭的に助けてくれる

→その勢いで母親が私の人生に口出ししてくる

→振り出しに戻る
の悪循環だった。


母親には反抗しつつも、心の奥底で「母親には従わなくてはならない」「最終的には母が正しい」という刷り込みが抜けなかった。だからどんなに喧嘩しても、なんだかんだ実家に帰ったり、電話したりした。

今まで母親には散々嫌だと感じる事をされてきた。人生に必要以上に口出しされたり、人格を否定されたり。でも自分で自分に「嫌だけどしょうがない。母親だし」と言い訳してきた。そうすれば親に反抗しつつも、親の傘の中で生きていけたから。言い訳するのを止めて、きっぱり母親と決別したら、もう保護してもらえない。金銭的に援助してもらえない。それは困る。

そうやって私は自分自身を苦しめながら、自分自身の心を押し殺しながら、自分を誤魔化しながら、生きてきた。

最初は母親に強制的に植え付けられた数々の考えかもしれないけど、それらに則って約30年も生きてきたのは私だ。母が私の人生の上にのさばることをずっとずっと許してきたのも、私だ。

だから母親を最近ブロックした時、罪悪感を超えてむしろもう「これはありえてはいけない事」というレベルに感じた。ちょっとした天と地のルール改変的な。

でも同時にこうも思った。どこかで悪循環を断ち切らなきゃいけない、って。自分の足で立ちはじめなきゃいけない、って。

経済的に困窮するかもしれない(というか既にしてる)けど、それは神様から「本当に自立したいですか?」と確かめられてるんだ。ここで経済的困窮に負けて、自分自身で対処することを諦めて母親の元に舞い戻ったら、ふりだしに戻る。

また無理が来るまで母親の敷いたレールの上で、自分を鞭打ちながら、突っ走ることになる。

でも、もう無理できないのは充分分かった。母親に対する根拠の無い義務感のようなものの為にも、もう頑張れない。

これは母親に立ち向かっているように見えて、自分の中に内在化させた母親、つまり自分への挑戦。

神様は、その人に超えられない試練は、与えない。自分の足で立ち上がって、成功したい。失敗するにしても、自分で失敗を経験したい。自分の身体で、痛みを感じたい。

愛するあまり、子供が痛がっていたら自分が代わってあげたいくらいに感じるのも親の愛の一種かもしれない。だけど、子供が自分で自分の痛みをしっかり感じるのを、歯を食いしばってでも手出しをせずに遠くで見守るのも、また親の愛。

私のように「親は敬うものだ」信仰に縛られて、苦しくなってる人がいたら、言いたい。親を敬うのはいいけど、自分の人生で一番大事なのは、自分。その自分を苦しめる親だったら、距離を置いたっていい。最愛の自分の為に。

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Twitter: @ibuncalingalab Instagram: @waccc0426 絵も自分で描いてます。

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