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左手(非利き手)で描く練習を積むと、右手にどのような影響を与えるか?#研究報告書

6月から半年間、毎日(休暇の4日間を除いて)左手を使ってスケッチ練習を積み重ねてきました。スケッチ初日は生まれたての赤子ように、鉛筆を握る手もぎこちなかったのですが、半年後にはグングンと右手の背丈を越す勢いで確実に成長を遂げました(手のサイズは変わっておりませんのでご安心ください)。成長の記録を最終報告書で、ご覧いただければ幸いです。

◆実験の目的と背景

私はフリーのグラフィックデザイナーとして働いていますが、デザインだけでなく、イラストも描けた方が仕事の幅が広がると思い、これまでも右手(利き手)でのスケッチ練習をしばしば続けてきました。スケッチ練習では上下逆さにした人物写真を描いたり、物体と物体の間にある空間だけを描くなどしてきました。
そして今回、この研究員の募集要項を見た時、左手でスケッチ練習を続けたら、右手にも変化が表れたりするのかな?と疑問に思い、実験してみることにしました。

◆検証したいと思っていたこと

左手で描くことによって、物の新たな見方や捉え方が芽生え、結果として右手でのイラストやデザインなどの成果物に影響があるかを検証します。

◆研究活動の概要

1. スケッチ練習
毎日15〜30分、左手でのスケッチ練習を行う
→ 実験では毎日30分の練習を実施

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2. 同一イメージの描写
一つのイメージを使い、毎月1日と16日に同じイメージを描く
これを研究終了日(11/30)まで行う
→ 左右それぞれ45分間での人物画。時間のない時は左手のみ実施

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3.  平仮名スピードテスト
毎月1日と16日に1分間、平仮名を書く

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平仮名スピードテストでは最初の月(6月)こそ手の動きは遅かったが、すぐに慣れ安定したスコアを出していた。実験から4ヶ月目の10月にはさらにスピードは上がった。比較までに右手では43文字。

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◆結論と根拠・気づき

<結論>
左手(非利き手)でスケッチ練習を積み重ねると、右手での描写精度は上がり、手を入れる箇所、入れない箇所のさじ加減が掴めるようになる。

根拠
上記にある研究活動の3番目(平仮名スピードテスト)が示すように、左手を動かす速度は右手の約半分。右手に比べて、線もぐらぐらとしている。しかし、この時間と不器用さが忍耐力を培い、モチーフと手元のスケッチを交互に見比べ、それぞれの位置関係や陰影の濃度を確かめながら描き進めることができた。
また、2番目の同一イメージの描写測定では、決められた時間内で描く場合の手の抜き方を徐々に習得した。
実験初期では45分と決めながらも、延長して全体を網羅しようとしていたが、回を重ねるごとに、手を抜きつつもインパクトが出る箇所に時間を当て、描ききれない箇所は描かないと決められた。

気づき
スケッチの中でも特に人物画は、その時の自分の心理状態が顕著に現れる。気分がのらない悶々とした状態や、他のことに気が取られスケッチに集中できていない時は誤魔化しても仕方ないので、今日はこういう日だと割り切ってしまう。逆に気持ちよく描けた日は、サイコー!と素直に喜ぶ。そして最後に「これでいいのだ」と結論づけられるようになった。

◆研究に関する考察・これから

この実験結果から得た価値観、これからの展望について。

<考え方・価値観>
右手のようには動かない左手を使うことで、『今』により集中できるようになった。特に左手を使ってできる日常動作、例えば歯を磨く、洗濯物を干す、お米を研ぐといった行動をとる時、頭の中で常にモワモワと漂うTo do リストや心配・不安ごとなどはひとまず消える。
また、朝に左手でスケッチすることで、一つ一つ積み重ねていく充実感が得られた。特にクラシック音楽を聴きながら手を動かすと、気分は爽快。

<具体的な成果・仕事・働き方への影響>
左手が使えるようになることと、仕事での成果・報酬とはダイレクトに結びつかないが、削ぐもの、やっていくものが以前より明確になった。
これまで仕事や趣味の版画でも、セルフブランディングのために無理に仕事や作風を絞ることはせず、目の前にある仕事、人に向き合ってきた。この実験期間中に考えさせられる出来事もあり、またこの実験が心理的サポートを果たしてくれたことによって、迷いなく深掘りしていくものが明確になった。

ー 全体を振り返って ー

研究員募集の応募要項を見たとき、特にじっくり考えることなく、ふと思いついた実験テーマを思いつきのまま書いて送ったところ、このテーマが通り、応募した本人が戸惑うというスタートでした。『新しい働き方LAB』というタイトルから、左手で描く練習をすることで右手に良い影響、デザインの質が上がる、描くスピードが上がる=生産性が上がるという仮説を立てるのが妥当だろうという考えがあったのも確かで、それがあったからテーマが通ったのかな?とも思いましたが、とは言っても左手です。仮説を立てた本人は半信半疑のまま、しかし楽しく、徹底的に大人の遊びを半年間やり遂げるぞ!という勢いで実施してみたところ、中間報告でユニーク賞を頂けたのは最高の喜びでした。私にとってはイグノーベル賞に匹敵するくらい名誉ある賞です。

そしてこの実験内容を数人の友人に話してみたところ、四名が強い関心を持って話を聞いてくれました。一人目はプロダクトデザイナー。彼女は小学校の夏休み期間中、左手で日記を書いたそうです。二人目はIT技術者。彼女の弟さんは両手が使えるそうで、彼女も左手の練習をしたいと言ってくれました。三人目は日本人に多いと言われる早老症・ウェルナー症候群のメカニズム研究(簡単に言うと、老いの研究)をしている研究者。彼はかつて右腕を骨折し、しばらく左手での生活を送ることになったのですが、これが意外と楽しかったそうです。そして四人目も研究者。彼は核融合エネルギー(原子力とは異なる、安全かつクリーンな次世代エネルギーとして期待されている)の研究開発者。その四人目とはラーメン屋でお互いの近況報告をしながら、私が左手実験について話すと「僕も半年間、左手で暮らしたんだよ。右腕を骨折してね!」
・・・なんですかねぇ〜。研究者に右腕を骨折する人が多いのでしょうか?
左手生活を強いられることで忍耐力や集中力が培われ、それが現在の彼らの研究の礎となっているのでしょうか?それとも単に、運動神経がやや劣っていたことで頭脳労働を選択するしかなかったのでしょうか?いずれにしても、右腕骨折経験のある研究者を見ていると、彼らの研究が果実に結びつくまで数十年という単位の研究開発が必要なのは確かです。
それを思うと、これは最終報告書ではなくスーパー初期段階の中間報告書にあたるのかしら・・・!? また思いつきでつぶやいてしまうのです。

関心を示してくれた四人にプラスし、毎朝私が左手でスケッチしている光景を不思議そうに見ていた夫。彼は自分と並行なもの(黒板やホワイトボード)に対しては右手を使い、垂直なもの(机の上に広げたノート)には左手を使う、左が利き手の両手使いなのです。この実験を通しての最大の気づきは、彼はこんなに便利な生活を送っていたんだ!、と結婚17年目にして気づけたことです。

ー 謝辞 ー

この実験プロジェクトを運営してくださった関係者の皆様、報告書の書き方をご指導をしてくださった勝先生、共に研究の一歩を踏み出した研究員生の皆様、私がこうして右腕を折ることなく、左手研究を始められたのは皆様のお陰です。とても充実した半年間を送ることができました。感謝の言葉しかございません。本当にありがとうございました!!
そして、これからも継続して研究を続ける研究員生の皆様へ。
いつが最終報告になるか分からない中間報告会、また2031年にお会いできれば幸いです!

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