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「インパクト投資」のいま(前編)

「Fintech研究所 瀧の対談シリーズ」第13回目をお届けします。

今回は株式会社ゼブラ アンド カンパニー共同創業者 / 代表取締役の田淵 良敬さんをゲストにお迎えし、インパクト投*1 についてお話しいただきました。本対談は全3回の連載で予定しておりますが、前編の今回は、田淵さんのこれまでのキャリアや、インパクト投資に興味を持たれた経緯について伺った内容をご紹介します。

田淵 良敬(たぶち よしたか)
約10年前から国内外でのインパクト投資に従事。グローバルな経験・産学ネットワークから世界的な潮流目線での事業のコンセプト化、経営支援、海外パートナー組成を得意とする。

https://www.zebrasand.co.jp/about

はじめに

瀧:あらためまして、よろしくお願いします。Fintech研究所ブログでは、これまでにもいろいろな方々と対談する企画を継続的にやっております。私は2年程前からマネーフォワードのサステナビリティ担当をしていますが、元々この分野については素人といいますか、まだ勉強しながら頑張っているところなので、この分野を長らく本職として見られてきた方にお話を聞きたいなと思い、今回、田淵さんにお声掛けさせていただきました。

田淵:よろしくお願いいたします。

瀧:まずは、田淵さんから自己紹介と、今取り組まれていること、これまでやってきたことや、どんな経緯で今にたどり着いたのかといったお話を伺えますでしょうか。

インパクト投資に興味を持ったきっかけ

田淵:私は、ゼブラ アンド カンパニーおよびTokyo Zebras Uniteの共同創業者で代表と、弊社のパートナーでもありますアメリカに本社を置くゼブラ企業というコンセプトを産んだ組織(Zebras Unite)の社外理事をしております。ゼブラ企業については、後でご紹介できたらと思います。

私個人の経歴についてお話しすると、今の仕事とは全然関係のない総合商社でキャリアをスタートし、主に航空機関係のビジネスをやっていました。航空機のファイナンスや、シアトルのボーイングで働いたり、再生可能エネルギー関係の業務をやってました。
そんな私がなぜインパクト投資を始めたかといいますと、仕事とは別にプライベートで取り組んでいたコミュニティ作りがきっかけでした。そのコミュニティでは、社会にメッセージを持つ人を応援するためのイベントを開催し、人を集めて、その場でいろいろ発表してもらうといったことをやっていたんです。アーティストや写真家、難民の救済活動をしている方や、LGBTアクティビストとか。そういう方々は素晴らしいメッセージを持っていたり、素晴らしい作品を作っていたりするんですけど、意外と人を集めることや、ビジネス的なことが苦手な方が多かったので、そこをサポートする活動をやってました。

趣味で始めた活動ですが、やっていくうちに20代中心の200〜300人ぐらいのコミュニティになって、イベントのたびに「ものすごくエンパワーされた」とか「ものすごい刺激を受けた」といったダイレクトなフィードバックをくれるようになったんです。仕事では何百億円みたいな取引を扱う一方、こっちの活動では何十万円みたいな費用で場所を借りてイベントをやっていたのですが、「この両方を合体させて何かできないかな」って考え始めたのが、私がインパクト投資に興味をもつ最初のきっかけだったんじゃないかと思います。

それで、自分のやっていることって結局何なんだろう、という疑問がわいてきて。その当時は25、6歳だったんですけど、まだ世の中に社会起業家などが出てきていない時代でした。このコミュニティみたいなものをビジネスとしてやることを、もっと深められないかな、もっと学べないかな、といろいろ探して行き着いたのがビジネススクールだったんです。ビジネススクールでも当時の流行を捉えているところでは、ソーシャルアントレプレナーシップを教えていたり、研究機関があったりしたので、それを勉強できるIESEビジネススクー*2に行くことを決めました。

瀧:趣味で始められたということですが、そのコミュニティって田淵さんにとってすごく大事な要素だったんだなと思いました。いったいどうやって200〜300人もの人を集められていたのでしょうか?

田淵:最初は本当に友達とか、その友達に声をかける感じだったんですけど、たまたま周りで写真を撮ったりとか、人と会う活動をやっている方が多かったんですよね。実は私も芸術系をやりたいと思っていて、カリフォルニアにあるアートセンター・カレッジ・オブ・デザインという大学まで事前面接を受けに行ったんです。でも自分にはちょっと才能がないなと思ったわけですね。

瀧:それはどういった分野なんですか?

田淵:Webデザイン系ですね。
ですが、そういう人たちが周りにたくさんいたので、自分がやるよりも彼らをサポートする方がよさそうだと思いはじめました。クリエイターさんたち一人一人に、こういうことやりたいんだけどっていう説明をして、お金は払えないんだけど代わりに人を集めたりとか場所を借りたりとか、そういうリスクはこっちで取るから作品をタダで提供してほしい、みたいなお願いをしていました。そうしたらみんな仲間になってくれて。最初はそういう感じで始まりましたね。

瀧:すごい。エネルギーを感じます。

マイクロファイナンスとの出会い

田淵:思い起こせば、なんとなくそのあたりから自分のジャーニーが始まったんだと思います。ちょっとずつ軸足を移していった感じですね。ビジネススクールに行っていたころ、アフリカのウガンダで世界最大のNGOと言われてるBRAC(ブラック)のオフィスで、インターンを2ヶ月間やったりもしました。

瀧:バングラデシュでグラミン銀行と並び、マイクロファイナンスを事業展開するNGOですね。グラミン銀行はfor-Profit形で、BRACはどっちかというと、non-Profit形なんでしたっけ?

田淵:BRACは両方の活動を行っていますね。そこで私がやっていたのは、「クレジットオフィサー」と呼ばれる方たち向けのトレーニング業務です。ウガンダの中だけでも90くらいの組織があって、その人たちにトレーニングをするという仕事です。ポバティスコアカー*3は当時新しかったんですけど、バランススコアカー*4の応用版のような「貧困を測る」みたいなアプローチをしていて、それをみんなにトレーニングしていました。

もう一つはアメリカの株式会社とパートナーシップを組んで始めた、ヘルスケア系のプログラムです。今、日本でも地方ですと、コミュニティヘルス/ナース/ソーシャルワーカーといった取り組みが出てきていますが、コミュニティの中に「ヘルスプロモーター」を置いて地域をエンパワーしていくプログラムの分析もやっていました。
そういったことを経験し、商社からビジネススクールに留学していた私は東京に戻ることになりました。当時、再生可能エネルギーというのがまさに世界でも始まったところだったので、新しい部署で太陽光発電プロジェクトへ投資事業をしてました。仕事自体は自分のやりたいことに近かったんですけど、商社という環境で取り組むのはやっぱりちょっと違うなと感じていました。

それで転職を決意し、インパクト投資業界に入ったのが今から8〜9年前ぐらいですね。当時はインパクト投資という言葉も日本で知られていなかったというのと、海外で働きたかったというのもあって、LGT VPというリヒテンシュタインのロイヤルファミリーが経営母体のインパクト投資機関に転職し、そこの東南アジアチームに所属しました。それが今の仕事に繋がる最初のキャリアですね。このときは東南アジアの社会起業家に投資をして、投資をした後に経営を一緒に作っていく取り組みをしていました。投資先はベンチャーの成長ステージで表すと、アーリーステージあたりの組織に投資をしていたので、どちらかというと経営支援に近いですね。

この頃から、日本でもインパクト投資が盛り上がってきました。2015年前後から社会の表面に出てきた印象ですが、その頃に中央省庁のサポートが始まったり、多くの組織も生まれています。そのうちの一つが、ソーシャル・インベストメント・パートナーズ(以下、SIP)という組織です。フィリピン駐在時の知人から、SIPが「立ち上げに際して人を探してるよ」という話を聞いて、私自身とても興味があったので転職を決め、フルタイム社員の1号として入ることになりました。そして日本に戻り、SIPで日本の社会起業家に投資をしたり経営支援をし、最終的にはマネージングディレクターまでやらせてもらっていました。

瀧:ちょっと話が戻りますが、LGT VPというのは皇太子が、ソブリンウェルスファンドのような形で、国有資産の一部を世界の発展に向けて投資したい、そういう意思を持った機関なのですか?

田淵:そうですね。LGT VPのミッションの一つは、発展途上国の社会的弱者をサポートすることでした。LGT VPの本社はチューリッヒにあったのですが、いわゆるマーケットは全ての発展途上国だったので、アフリカ、南アメリカ、インド、東南アジア、中国などになりましたね。その中で私は東南アジアのチームに入った感じです。

瀧:ありがとうございます。田淵さんと名刺交換したのは確か、2017年の9月の初めぐらいだったのですが、このときの名刺には、SIPの事務局長とあったのを覚えています。SIPはどういった運営スキームをもった組織なんでしょうか?

田淵:SIPは日本財団と共同で「日本ベンチャー・フィランソロピー基金 (JVPF)」というファンドを運営しています。企業を含めていろんな方から寄付を募ってファンドを作っていて、そのファンドから社会起業家へ投資をしたりとか、NPOに助成金を支給するということをやっていました。

瀧:ここではどういった企業に投資していたのですか?

田淵:最初の投資先は、株式会社AsMama(アズマ*5)さんでした。子育て支援として、お母さんお父さんが繋がり合えるようなプラットフォームを作っていて、そのプラットフォーム上で、「塾のお迎えに行かなきゃいけないけど仕事が抜けられない」みたいなときに、助けを求め合える「子育てシェア」のサービスを展開していました。AsMamaさんは、そういうオンライン上のプラットフォームに加えてオフラインでの活動もたくさんやっていて、地域コミュニティづくりをサービスを通して作っている会社さんです。

瀧:なるほど、そういったご経験からSIIF(社会変革推進財団)へ繋がるのですね?

田淵:2018年にSIPを辞めて、実はその後しばらく独立していました。その期間に今までお仕事した方とかにお声掛けいただいた一つがSIIFでした。それから3年ぐらいはSIIFの中でポジションを持って仕事をしていました。
そのときに問題意識が生じたんです。インパクト投資をする方のほとんどは、ベンチャーキャピタルの投資方法を、社会起業家に当てはめればうまくいくんじゃないか、という仮説を持っていました。

ベンチャーキャピタルでは、投資してから比較的短い期間、3年とか5年ぐらいの期間で上場できるような会社にするために支援をしていくのが主なやり方なんですね。基本的には事業と同時に社会的インパクトも大きくなるので、それを可視化すればインパクト投資になるんじゃないか、というのが、当時、日本だけでなく世界中のインパクト投資機関が思っていたことです。カンファレンスとかに行くとみんなその話をしてましたね。

私が感じた問題意識は、「いろいろな企業の形がある中で、皆が同じ成長プロファイルを目指してるわけじゃないのでは」ということでした。ベンチャーキャピタルの投資家は一般的にエクスポネンシャル(指数関数的)と呼ばれる成長を起業家に求めます。もちろん、そういう成長ができる会社もあるんですけども、社会起業家はいろいろなステークホルダーのことを考えながら事業を作っているので、成長のあり方にもいろいろあり、そのときの判断によって変わっていくのではないかと思ったんです。

エクスポネンシャルな成長を求めること自体が問題なのではなく、投資家の多様性がないことに問題があります。いわゆる資金の提供者(投資家)が出している資金の性質と、需要者(起業家)が求めている企業の性質が一部しか合ってない、そこのミスマッチをどうにかできないかな、と思っていたわけです。場合によっては、起業家が投資家に合わせて誇張したり、思っていないことを言ってお金を受けてしまうと、期待値の差が生まれます。投資家はエクスポネンシャルな成長を期待してお金を出しているので、支援する気満々だし、成長しろって言うわけですけど、起業家側が異なるビジョンを持っているとお互い不幸になるケースもありました。

(続きは近日公開の中編でお届けします)

注釈

*1:インパクト投資
経済的・金銭的なリターンのみならず、ポジティブな社会的、環境的なインパクトを生み出すことを意図した投資のこと。一般的な投資はリスク・リターンで評価されるが、インパクト投資はこれにインパクトを加えた3軸で評価する。詳しくは、GSG国内委員会社会変革推進財団等を参照。

*2:IESEビジネススクール
スペイン・バルセロナにあるビジネススクール(日本語ホームページhttps://www.iesejapan.com/

*3:ポバティスコアカード
Poverty Scored Card。BRACが開発した貧困に関連する事項を測定(ヒアリング)し、スコア化する手法。地域や家庭の状況など非金銭的な要素を含む貧困度合いを評価することができる。

*4:バランススコアカード
企業を「財務」「顧客」「業務プロセス」「学習と成長」の4つの視点から評価する手法。財務的指標中心の業績管理を補う手法として提唱された評価システム。

*5:株式会社AsMama(アズママ)
ウェブページはこちら https://asmama.jp/




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