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「サイバーテクノ」についての考察

本記事は、2016年2月28日にはてなブログで公開した記事の改訂版です。全体的に文章を見直したほか、いくつかのセクションで補筆を行っています。

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「ニンジャスレイヤー」本編を読んでいて少し気になったことを掘り下げてみようシリーズ。第3部エピソード『アンダーワールド・レフュージ』中盤のユンコのハッキングシーンで、次のような表現が出てきました。

この例を引き合いに出すまでもなく、本作では度々サイバーテクノという音楽についての描写がなされます。その数は、書籍を除いたTwitter連載版だけでこれまでで30回近くにも及ぶ(Ninja Slayer(@NJSLYR)/「サイバーテクノ」の検索結果 - Twilog)。音楽の描写が頻繁に出てくる「ニンジャスレイヤー」において、これは特に目立って多いというわけではないとは思うのですが、個人的にこの語が前々から気になっていました。なぜなら、明確な音楽ジャンルとしての「サイバーテクノ」という区分は、現実にはないからです。

ありそうでない「サイバーテクノ」

もちろん、(音楽に限らずあらゆるものについてもそうですが)ジャンル分けというのはなにがしかの権威存在が定義付けを行っているわけではないので、誰かがそう呼び認知されれば1曲でも2曲でもそういうカテゴリーとして十分に成立しうるわけです。が、例えばレコード店で…音楽雑誌で…一般的なカテゴライズとしては、私は聞いたことがありません。

前提として、「ニンジャスレイヤー」に登場する音楽ジャンルの中には架空のものがたくさんあって、例えばアンタイブディズム・ブラックメタルとかモクギョコアとかがそうですよね(実在していたらスミマセン)。これは作品の特質上、現実の世界からほんの少しだけひねくれたパラレル感を醸成するのに役立っている。なので、仮に実在しない音楽が登場していたとしても少しもおかしくはないわけです。

そして強調しておきたいのは、基本的に「ニンジャスレイヤー」におけるクラブミュージック、あるいはクラブの描写はとても正確・的確であるという点です。表面的にはぶっ飛んだ和風SFサイバーパンクアレンジを行いつつも、細部ではずばり本質を捉えていて、個人的にはボンド氏&モーゼズ氏も翻訳チームも、クラブカルチャーについて深い理解とリスペクトがあるのだと感じます。

例えば『ニンジャ・サルベイション』のこのパート。

初めてこの一節を読んだとき、あまりのリアリティにやられてしまいました。「電子ひきつれ音めいた妙なマッポー・ミニマル・テクノ」かかるマニアックな選曲の店の、人もまばらなフロアの描写としてのこの表現は、実際にこういう場所に慣れ親しんでいないと書けないと思うのです。

また、作中にはテクノのサブジャンルとしてのミニマルテクノハードテクノといった、実在する呼び名の音楽が登場することもあります。

これらの音楽についての詳しい解説は省きますが、実在するジャンルとそうでないジャンル…特に同じ「テクノ」とついているものに関して違いがあるとすれば、それはどういう意図があるのか、何を表現しようとしているのがか気になります。サイバーテクノって、どういう音楽なのでしょうか。

サイバーテクノはどのように描写されているか

しかしそもそもサイバー(cyber)ってごく一般的な形容ですし、実在するジャンルとしても、近いものがないわけではありません(後述します)。あくまでジャンル名として認知されていないだけで、エレクトロニック・ダンスミュージックにおいて「サイバーな」、あるいは「サイバー系」という形容自体は、実はわりと頻出しがちなのです。

その具体例を考察する前に、せっかくなのでもう少し、「ニンジャスレイヤー」の作中でサイバーテクノがどのように表現されているかを振り返ってみようと思います。

トコロザワ・ピラーのリー先生のラボでかかっている音楽もサイバーテクノでしたね。この「ズンズンズンズズポーウ!」はこの種の音楽を文字で表現するときに頻出するフレーズなわけですが、低音域を表すズンズンに対して、ポーウ!というアッパーで軽薄な感じ、いいじゃないですか。

特に初期では、「ゼンめいた神秘的アトモスフィア」とは対照的な、 とにかくやかましい音楽として表現されていることが多いようです。

アニメイシヨンでは再現されませんでしたが、ビホルダーがシガキ=サンの前に例の名セリフとともに現れたときにかかっていたのもサイバーテクノでした。これから重要な話をするにあたり、耳障りな音楽として一撃でミュートされてしまいます。

グランド・オモシロイ船上でのネコネコカワイイの初お披露目のときに流れていたのもサイバーテクノ。ただ、これがネコネコカワイイの持ち歌だったのかは分からなくて、そのすぐあとに出てくるライブのシーンでは、「BPM133のカワイイテクノ」と表現されています。ちなみにBPM(beat per minute=1分間あたりの拍数)133というのは4つ打ちテクノとしては一般的な早さで、ハードテクノとしては少し遅いかなというくらいです。

ちょっと変わっていて好きなのが、『トビゲリ・ヴァーサス・アムニジア』でのこのシーン。牢に囚われた神話級ニンジャの世話のマルナゲされてしまったシャドウウィーヴが、ドギマギしながら楽器を差し入れたところ案の定「ふつう自分が弾くんじゃないの」と突っ込まれてしまい、せめてもと用意したレディオから流れてきたのがサイバーテクノ。きっ、気まずい!この2人のやりとりは本当に面白かったなあ。

しかし、ここまでの騒がしい音楽としての用法が一転したのが『レプリカ・ミッシング・リンク』でのユンコ・スズキ視点のこのシーン。「心安らぐサイバーテクノの重低音」ですよ!すごくないですか、これ。ユンコの登場によって、サイバーテクノは明らかにネガティブなものからポジティブなものへと表現が変わりました。

冒頭で引用したユンコのハッキングシーンでもそうしたニュアンスで使われていますね。ある人にとって不快なものでも、別のある人にとっては心地よいものになりうる…「ニンジャスレイヤー」特有の、そういった受容のバリエーション・価値観の多様性を端的に表現していると言えると思います。

「サイバー感」のあるテクノ音楽

さて、現実でサイバーテクノという語から連想される音楽にはどういうものがあるでしょうか。自分の世代からすると、テクノにおけるサイバーという概念は、90年代初期からのハードコア・テクノやレイヴカルチャーと密接に関わっているイメージがあります。近未来的、ハイテク志向、原色・蛍光感といったようなもの。もちろんファッションとの関わりも大きいはずです。

なので、音楽的な意味で「サイバー」という形容はどういうときに使うかというと、派手なレイヴ系シンセが使われているアッパーな音楽を指して言うことが多いように思います。レイヴ系のシンセサウンドというのは、例えばローランドのJP-8000で有名になったスーパー・ソー(Super Saw=少しずつデチューンさせたノコギリ波をたくさん重ねて作る分厚い音)や、同じくローランドのαJUNOで定番になったフーバーなどのことで、なんとなくこういう音が使われているとレイヴィー≒サイバーっぽいと表現されることがあります。

次の動画では、シンプルなノコギリ波を加工してテクノやトランスでよく使われる派手なリードサウンドやパッド音色を作っていく様子がよく分かります。

また、こちらの記事は、フーバーサウンドが使われている有名な曲を時系列に沿って具体的に紹介していて大変おすすめです。古い曲だけでなく、わりと新しいところまでカバーしている。

Hooverなレイヴ音色の使用曲12選(1991〜2012) http://vreap.net/music/songs-with-hoover-rave-synth-sound/

1990年代後半によくサイバーと表現された音楽として、ニューエナジー(Nu-NRG)があります。そのほとんどでフーバーシンセが使われている。ヨージ・ビオメハニカはそのオリジネーターの一人として、強烈なファッションとカリスマ性で多くのフォロワーを生み出しました。「ニンジャスレイヤー」作中のサイバーテクノのイメージにもかなり近いのではと感じています。

Yoji Biomehanika "Go Mad!" (1999)
初期ヨージのアンセム

Weirdo "Photic Zone" (1998)
NRGの代表的レーベルTinribのヒット曲

2000年以降になるとまた少し状況が変わり、エイベックスが01年に企画した「サイバートランス(Cyber Trance)」シリーズの影響で、一般層にも音楽における「サイバー」のイメージが一気に浸透しました。これは、少し前の98~99年ごろからオランダを中心に流行っていたトランス(ジャーマン・トランスと区別する意味合いでダッチ・トランスとも呼ばれる)を国内に輸入するときに、おそらくマーケティング的な戦略に基づいて考案されたジャンル名で、個人的にはあまり好きな呼びかたではないのですが…。

サイバートランスの特徴は、レイヴ系シンセを使いながらも、壮大だったり哀愁のあるコード進行により、エモーショナルで耳に残るメロディーを重視している点にあります。システムFことフェリー・コーステン(Ferry Corsten)やアーミン・ヴァン・ブーレンなどがその代表です。

System F "Out of the Blue" (1998)
トランス国歌!

Gouryella "Tenshi" (2001)
PVもかなりのサイバー感がある

ユンコのシーンでサイバーテクノが肯定的に表現されている時なんかは、このサイバートランスに相当する往年のトランスアンセムのイメージがぴったりのような気もします。

最近では、この手のレイヴサウンドは当たり前になってしまって、とりわけこの感じの音がサイバーと表現される機会は少ないかもしれません。その意味でも、だいたいこのあたりまでが「ニンジャスレイヤー」の作中で言及されるサイバーテクノ…「サイバー」かつ「テクノ」な音楽の候補に挙がるのではないかなと思っています。

無論、どのような音楽をイメージしているのかはボンド氏&モーゼズ氏に直接聞くほかはないのですが、作中の表現からあれこれ想像してみるのも楽しいですよね。

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HMC4 -生き残り達が道場- - TwiPla
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