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【小説】帝都つくもがたり

5月24日に発売された佐々木匙さんの小説『帝都つくもがたり』(角川文庫)を読みました。本作はWebサイト「カクヨム」で連載されていた同名作品の書籍化で、2018年に行われた第4回角川文庫キャラクター小説大賞<読者賞>の受賞に伴うもの。わたしは連載時、初めの数話までしか読んでいなかったので、書籍化の際にまとめて読むのを楽しみにしていました。

作品について

舞台は昭和初期の東京。酒浸りの駆け出し作家、大久保のもとを訪れた古い友人で新聞記者のは、ある新連載の取材に協力しないかと大久保を誘う。それは帝都・東京で実話に基づく怪談をフィールドワークによって集めるというもので、とりわけ情けなく怖がりである大久保の真に迫ったリアクションを期待してのものだと言う。当然大久保は断るが、関に借金があることから強く出ることもできず、なし崩し的に取材に付き合わされることになる。

不器用ながらも強い感受性・共感能力を持つ大久保に対して、お調子者で世渡り上手ながらも他者への共感というものを一切持たない関。そのちぐはぐさがむしろ功を奏してか、危うくも順調に"取材"は進行していく。次第に、一見おそろしい幽霊や様々な怪現象を伴う怪異が、その実おのおの関係人物たちによる悲しいあやまちや行き違いによる、いわば人間の「業」を端緒とするものであると知る彼らだったが、やがてそれは彼ら自身が目を逸らし続けてきた己の伏せたる過去と向き合うことへと繋がり……というのがあらすじです。

そう、本作は1話完結オムニバス形式の怪談集ではあるのですが、その語り口は猟奇やホラーではまったくなく、むしろ人情噺的な切なくも抗いがたい人間ドラマを、大久保と関という、ともにタイプの異なる文筆家の軽妙で小粋なやりとりを通して、あくまで日常と地続きの物語として、さわやかに描いています。なので、怖い話が苦手でも全然大丈夫。わたしは毎晩、寝る前に1話ずつ読み進めました。読後感がいいのでぐっすり眠れた。

著者について

著者の佐々木匙さんは本作が書籍デビュー作。わたしはもともと個人的に『ニンジャスレイヤー』の二次創作小説の作家さんのひとりとして、以前からいくつも氏の短編作品を拝読しており、特にひとつのシチュエーションを切り取った箱庭的風景のなかで登場人物が織りなす、細やかな心の機微のような描写の巧さに信頼を置いていました。佐々木さんが推すシルバーキーというキャラは、作中において「強すぎる共感力がゆえにさまざなな受難を経験する不運なお人好し」として描かれているのですが、シチュエーションだけで言うならば本作の主人公である大久保と重なる部分もありそうです。

二次創作を例に挙げるまでもなく、カクヨムなどの媒体で既にたくさんのオリジナル作品を発表されている佐々木匙さん。実はわたしはまだこの『帝都つくもがたり』しか読んでいないのですが(ごめんなさい)、本作において文士・大久保の目線で綴られる独特の古風な言い回し、それでいて重苦しくないライトファンタジー的な世界観は、多くの人にとって親しみやすいのではないかと思います。いまだ大正時代の残り香が漂う東京・牛込、神楽坂。その現代からは浮世離れしたどこか夢の中のようなイメージが、現実と地続きの空間にぽっかり空いた"怪異"の数々と、自然と溶け合っています。

大久保と関

本作の魅力は、何といっても主人公・大久保と腐れ縁の関のやりとり。同じ書きものを生業としながらも、片方はフィクションに基づく小説を、もう片方はノンフィクションに基づく新聞記事をという対照的な2人は、前述のとおり人柄や性格においてもまったく好対照なのです。

例えば、第1話で登場する怪異は、彼らの共通の友人・松代のもとに現れた赤子の幽霊。その原因を探るにあたって、望むと望まざるとに関わらず過剰に感情移入してしまう大久保に対して、あくまで飄々と、ドライに接する関。しかしそんな両極端の彼らの間でこそ、怪異のもととなった真実が浮かび上がってくる。

本作には派手なアクションも、手の込んだ謎解きもありませんが、このふたりの絶妙なバディ感(というほど前のめりでアッパーな物語ではないけれど)をコミカルで美しい語りとともに読み進めて行くのが楽しく、気がつけば物語に引き込まれている。

そして文章も美しいのだけれど、特にいいのが1話ごとに示される、短編として強度の高いフリとオチの見事な構成です。第2話の冒頭で描かれる、大久保のちょっぴり他罰的な暗い過去は、実はそのあとに続く事件に対する主題の提示であって、事件を解決することによって初めて、彼も彼自身のなかにわだかまっている問題をひとつ解決する(もしくはその手掛かりを得る)ことができるようになる。

しかもこれは作品全体としても入れ子構造になっていて、お話が進むに連れて大久保とはいったいどういう人物なのか、関とはいったいどういう人物なのかが明かされていく。ついに最後には、彼らふたりの関係性とは本当はどういうものだったのか、そしてこの先どうなってゆくのかが示されます。怪談事件そのものもミステリアスではあるのですが、何をおいてもこの大久保と関というキャラクターにこそ魅力があると感じました。

『帝都つくもがたり』は角川文庫から出ていて、一般の書店のほかKindleを始めとする電子書籍媒体でも購入できるようです。おすすめ!


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