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芝居は、ひとり。稽古は、ふたり。

今さらだけど、『鶴かもしれない2020』はひとり芝居だ。主な登場人物は、ふたり。女と、男だ。女は男を愛し、男の部屋に転がり込む。男はそれを受け入れ、女の中に安らぎと幸せを見出していく。

それを、小沢道成は3台のラジカセを使いながら、ひとりで演じ分けていく。そこで重要になってくるのが、目線の動きだ。目線が動くことで、その先にいる見えないもうひとりの登場人物との位置関係が明確になる。舞台上では「ひとり」のはずが、ちゃんと「ふたり」に見えてくる。

これを嘘なく成立させるため、小沢道成は本格的な稽古に入る前に、1日だけある人物の協力を借りた。

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助っ人の名は、竪山隼太。さいたまネクストシアターに在籍し、 『ヘンリー五世』(吉田鋼太郎 演出)、『ハムレット』(サイモン・ゴドウィン 演出)などに出演する俳優だ。

台本通りに自然に反応したら、人はどういう動きをとるのか。それを実験するためには、「リアルな感情を持ちながら、エンタメの成立のさせ方を知っている人」が望ましい。そう考えて、小沢は親交の厚い竪山の力を借りることにしたと言う。

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いつもはひとりの稽古場が、ふたりになる。それだけで、ぐっと稽古の風景も様変わりする。

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まず小沢は、竪山に動いてもらい、それを外からチェックする。

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小沢がこのタイミングでこの場所に移動してほしいとオーダーを出す。それを竪山が実践する。そこに不自然なところはないか。やっていて違和感はないか。小沢はこまめに確認する。

そののち、今度は小沢が女の役、竪山が男の役となって、実際に芝居を合わせてみる。


面白いな、と思った。

一般的なストレートプレイのように、そこに演者本人がいるなら、演者の生理もあるし、出来る限り違和感のある動きを取り除きたい気持ちはわかる。

でもこれはひとり芝居だ。言ってしまえば、観客に見えているのは小沢道成ひとりであり、そのとき小沢が演じていないもうひとりの役がどこにいようと、それがどんなに不自然であろうと、それは小沢道成の想像内で完結していればいい話で、その嘘は観客にまでは伝わらない。だって、観客には小沢道成の頭の中までは見えないのだから。だから、わざわざ相手役を立ててまでリアルさを追求する必要はないようにも思えた。

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けれど、たぶんそう簡単に割り切れないものが、俳優の中にはあるのだろう。「物語」という究極の嘘をつく代わりに、それ以外では出来る限り嘘をつきたくない。そんな小沢の姿勢が垣間見えた。

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男が女を問いつめるシーンを、実際にふたりで合わせてみる。男の役は、竪山。女の役は、小沢だ。小沢は、竪山が発した台詞の中に、自分が演じるときには感じないニュアンスを察知したのだろうか。「その感情は怒り?」と竪山に尋ねる。

すると、竪山は「情けなさ」と答える。怒りが女に向けたものなら、情けなさは自分自身に向けた感情だ。「自分にもしもお金があればこうはならなかっただろうから」と説明する竪山の解釈に、小沢は「その発想は自分にはなかった」と面白そうに頬を染める。

他人が演じるのを見て、自分だけでは手が届かなかった感情に指がかかる。お芝居は、突きつめても、突きつめても、まだ先があるから、面白い。

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さらに稽古は進み、幾重にも羽織った女の着物が1枚、また1枚とはだけ落ちるシーンに辿り着く。この着物が脱げる動作を、出来るだけ嘘なくやりたいと小沢は考えていた。そのためには、どんな動きのレパートリーが考えられるか。

たとえば、振り払ったときにはたりと着物が落ちたらどうか。あるいは、何かに裾が引っかかって、着物が脱げるのはどうか。ふたりはお互いにアイデアを出し合う。「攻撃してみるのもいいかもしれない」そう言って、相手をはたくようにして小沢が着物を振り回す。

いくつもの動きが折り重なっていくことで、雑踏で翻弄される女の混乱と無力感がより一層色濃くなっていくようだった。

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休憩中、竪山に「自分もこんなふうにひとり芝居をやってみたいか」と聞いてみた。すると、竪山は「俺はやりたくない」と笑い飛ばすようにして手を振った。それから、少し声を落として、「これは孤独だよ」とひとりごちるように噛みしめた。それは、同じ俳優だから分かち合える感慨のように聞こえた。

そんな竪山のひと言に、小沢も「僕の脳内だけじゃ無理だから」と返す。ひとりでつくるけど、ひとりじゃできない。EPOCH MANとは、そういう場だ。

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稽古を終えた小沢は、少し自信を深めたような、納得の表情だった。いよいよ『鶴かもしれない2020』の輪郭が立ち上がってきた。

EPOCH MAN『鶴かもしれない2020』

2020年1月 9日 ~ 2020年1月13日

下北沢・駅前劇場

■小沢道成Twitter:@MichinariOzawa

■EPOCH MANホームページ:http://epochman.com/index.html/

<文責>
横川良明(@fudge_2002

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