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『浅草底流記』 添田唖蝉坊(著)

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目次 浅草底流記

電子書籍化しました。縦書きで読めます無料ダウンロードできるサンプル有り。 ・添田唖蝉坊 …

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浅草底流記 序

 これは、浅草を愛する私の、浅草に関する記述である。したがってそれは、私の保つ角度から描…

断片

      ✕  浅草には、あらゆる物が生のまま投り出されている。人間の色々な欲望が、裸…

第1章 浅草 朝から夜中まで(1)

沈んでいる塵芥箱 五時 浅草は、一個の塵芥箱(註※ごみばこ)から、夜が明ける。  宮戸川…

第1章 浅草 朝から夜中まで(2)

仲見世の朝口上 六時──九時 仲見世から、大提灯をくぐって、観音さまに届く長い石畳を、転…

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第1章 浅草 朝から夜中まで(3)

開館 十時 下廻り、ペーペー、道具方、女給、表方、事務員、映写技師、中売り。──弁当箱を…

第1章 浅草 朝から夜中まで(4)

鳩に豆を売るお婆さん 十一時 仁王門に入ったら、左手を見上げよ。軍艦のような鳩舎。ゴロ、ゴロ、ゴロ。地にはノドを鳴らして、鳩、鳩、鳩。  豆を売るお婆さんが六人。皺だらけの顔が渋紙のように光っている。でも、頭に手拭をのせているから恰好はとれている。硬ばった笑いで、坊ちゃん、嬢ちゃん。 「鳩に豆をおやり下さい。」  小さな可愛いお客さんは、彼の足を突っつきそうにして寄って来る鳩に、夢中になって豆をバラ撒く。撒く。撒く。するとお婆さんは、すかさずその手に、次から次へと、豆の皿を渡

第1章 浅草 朝から夜中まで(5)

古めかしき木馬 十二時  古い、古い軍艦マーチ。だから嬉しいのです。木馬館。  子供たち…

第1章 浅草 朝から夜中まで(6)

花屋敷 一時 正午の空の燃ゆる円盤だ。花屋敷の瀧の飛沫が、チカ、チカと光っている。  喜…

第1章 浅草 朝から夜中まで(7)

一回の終り 二時 スクリーンの味気ない白さを隠すために、軽々と幕がすべり落ちて来た。紐を…

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第1章 浅草 朝から夜中まで(8)

楽屋地獄 三時──四時 体を海老のようにして、階段をおち込んで行く、音羽座の楽屋。  こ…

第1章 浅草 朝から夜中まで(9)

飯屋風景 五時──六時「らッしゃい、らッしゃい。」 「らッしゃい、いらッしゃい。」  そよ…

第1章 浅草 朝から夜中まで(10)

生き物のごとく 七時 夜の幕が落ちて来ると、今や五彩の光りは輝きはじめ、浅草は生物のごと…

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第1章 浅草 朝から夜中まで(11)

ビキーワリビキ 八時 夜の七時半頃、六区の活動街の異観──。  それぞれの館の前に、「割引」を待つ人の長蛇の列。  浅草の「割引」という制度。まことに慶すべき慣はしである。夜八時になると、入場料は半額となる。そして、その日興行の最後の二時間の主要な番組を、わずかな金で見ること、聴くことが出来るのである。  だから浅草を我が物と心得るほどの「兄弟たち」は、皆これを利用する。  ヂリヽヽヽヽヽヽン──。電鈴が割引の時刻を報ずると、人列は順次に切符を買っては館内に呑み込まれて行く。