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「立派な主夫になりたいなって」 -男子発言ノート50

仕事を終えてエントランスへ下りると黒い人影が見えた。

Gくんだ。エントランスに置かれているパンフレット類をしげしげと覗き込んでいるGくんの姿だった。

私は咄嗟に、ひっつめておだんごにしていた髪のゴムに手を伸ばした。はやく、はやくほどかないとGくんにこのひっつめ頭を見られる! 色気も何もない! そう焦り、ここ一番の速さで手荒くゴムを外して、髪をバラし整えた。ふぅ。ぎりぎりで己の歩調に間に合った。

「おつかれさま」
声を掛けると彼が振り向いた。

「あ、おつかれさまです」

で。そのまま通り過ぎてしまった。ああ、そんなのって!

私は引き返した。
「ねぇ、ちょっと仕事のこと聞いていい?」
と尋ねた。するとGくんは、
「え、僕に訊いても絶対わかんないスよ」
と言って笑った。私も笑った。それから、
「いや、私今日オフィス出るの最後の人だったんだけど、下の扉の鍵も掛けるんでいいんだっけ?」
と訊いた。すると彼は、それなら答えられるとホッとした様子で、自信満々に、
「いいです」
と教えてくれた。

「ありがとう。良かった」
そうお礼をすると、「じゃぁ帰ります」って感じでGくんはエントランスを出て行った。

彼のあとに続くように私もエントランスを出てS駅に向かおうとした。けれど、Gくんが反対のK駅の方へ歩いて行くのを見て、どちらの駅からも帰れる私は、Gくんの方に向き直して彼の黒い背中を前方に眺めながら歩いた。

そうしたらすぐに、信号待ちしている彼に行き止まった。
全然、声なんて掛けないという選択肢はあった。けれど、掛けても掛けなくてもどっちでもいいなら──。

「K駅?」
スマホを覗き込んでいた彼に私は話し掛けていた。

それから、K駅までふたりで並んで喋りながら帰った。ひっつめだんご頭でぺったんこになった前髪を気にしながら、住んでいる町とか、お互いの家が実はバス一本で行ける距離なこととか、仕事の内輪話とかを話した。

それで、ここでバイバイというところで、向き合って少し立ち話になった。じきに私たちは契約満了で今の職場を離れる。終わったあとはどんな仕事がよさそうか、そんな話題になった。

「僕がやってるおすすめバイトは家事バイトです」

家事バイト!?

Gくん、それはなんだか面白そうだけれど、私は、なんでGくんが家事バイトなぞやっているのか、そっちのほうがメチャクチャ気になる。そう告げると彼は胸を張りまっすぐと私を見据えてこう言った。

立派な主夫になりたいなって思って。主婦すごいなって」

……おおおおおおおお!!

「フレッシュレモンになりたいの~」はアイドル市川美織ちゃんの鉄板キャッチフレーズだが、「立派な主夫になりたいの〜」とは……なんと崇高な心向き!!!(そうは言ってない)

んだったら私に娶(めと)らせてくれええええい!! 結婚しようよダメかなアタシたち。いや決して家事やってくれる都合いい人見ぃつけた♡とかじゃゼッタイなくて家事は分担しよ!? だって私、皿洗いと洗濯物干すのメチャ好きだし!! ていうかGくんのことが大好きだし!!!!!

心のなかで、こんなにも大絶叫で求婚したのは初めてだった。
それと、Gくんと話してて、なんかとにかく笑ってるじぶんがいた。こんなじぶんも初めてに思えた。

どうしたら、主夫たるGくんをじぶんの人生に迎え入れることができるだろうか? 世の求婚者たちはこんなにもくるおしい難関に向き合ってきたというのか? すごい。尊敬。知らなかった。ねぇホント、どうすればいいの。

とりあえず思いついたのはひとつ。
私もGくんと同じ家事バイトに登録する。そして、一緒のシフトで働いて親交を深める。そうすればゆくゆくは……。

いいかしら? それでいいのかしら……???
果たして、来たる2020年代、ただひたすらに立派な家事のエキスパートになれるだけかも?
(それはそれで実り多そうではある)

そうして、今日のところは「良さそうなバイトがあったらお互いに情報交換し合いましょう」というひどく形式的な挨拶を交わし、それぞれに家路についたのだった。

それでも、最後まで私は笑っていて、彼も笑ってて、ふたりぶんの笑みを持ち帰ることができた……(?)気がするので良しとしたい。




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なにしてほしい?(言われたいセリフ50音 「な」より)
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脚本家、エッセイ・コラムニスト/『男子発言ノート 〜どうせ“私じゃない誰か”を好きな男たちの言動について』、『好きにならずにいられてよかった』、漫画家つきはなこさんとのマガジン『ピン留めの惑星R』他、連載中。http://www.ohshimatomoe.com/
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