浮かれて笛吹く娘じゃない
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浮かれて笛吹く娘じゃない

フランベというには大きすぎる炎がフライパンから上がり、火災報知器が鳴ってしまった。

「ひゅるるるー火事です……ひゅるるるー火事です……」

危機感が全くないひゅるひゅると空気の漏れた笛の音に続いて、落ち着いた女性の声が「火事です」とアナウンスする。いや、火事じゃないし。煙スゴいけど、火はもう消えたんだってば。
それでも、ここキッチンのみならずリビングや自室とも連動しているらしい各部屋の火災報知器から「ひゅるるるー火事です」「ひゅるるるー火事です」と警報がこだまして大"輪唱"沙汰に。

「なにやってんの!?」

隣のリビングから母親が苛立った様子でそう言ってアコーディオンカーテンを開けたのは、点滅している天井の報知器ボタンを私が椅子に立ち上がってやっと停めた頃だった。

煙モクモクの中を、椅子から降りながら「なんで"大丈夫?"とか心配してくれないでいつも怒るの!?」と私も声を上げた。母はいつだってそうなのだ。小さい頃から、私が何か落としてもけつまづいても痛がっても泣いても、まずは「なにやってんの!?」と責め立てる。それは私には当たり前であったけれど、どこかよそのおうちのお母さんが「◯◯ちゃん大丈夫? 痛かったね〜」と子どもを抱きしめ慰めてあげているのを見たときに、世の中にはあんなお母さんがいるんだ。私もあんな風にしてもらえていたらもっと人に優しい人間になれたかな。なんて思った。けれども、まぁ。今までも、今日も、これからも、まっさきに「大丈夫?」と言ってくれる母ではないので、娘の方としては「なんで怒るの!?」と思った気持ちを口にすることだけにはしている。それを我慢することはもう、何年か前にやめた。

それにしても。次に飛び出した母のセリフはどうだろう。
「だって、アンタが笛でも吹いてふざけてるんだと思ったんだもの」

んな、わけ!!!!!

……あなたの娘が今までに、一度でも笛でも吹いてふざけたことがあっただろうか。私が記憶する限りは、ないよ。そんなの。笛だってもう何年も手にしてないし見てもいない。どこだよ笛。どこ探せば笛見つかるの? 吹きたいね笛、ひさしぶりに。気持ちいいかもね、ピーーーって。でもね、おかーさん、あなたの娘は浮かれて笛吹く娘じゃない。

だってもう、今年40歳になるんだよ娘。安室奈美恵や菅野美穂や滝川クリステルと同い年なんだよ。想像してみてよ。安室奈美恵や菅野美穂や滝川クリステルがふざけて浮かれて笛吹く? 「ひゅるるるー Try me !」「ひゅるるるー チオビタ!」「ひゅるるるー おもてなし!」……やらないでしょ。

そう。あなたの娘は、いつの間にかここまで大きくなりまして。
おかげさまで、いろいろどうもありがとうお母さん。

けど、母の中では娘の私はいつまでたっても、ふざけたり笛吹いたりする陽気な子ども。なのかもな、と思って。それはそれで、そんなものなのかもな、とも思ったり。しみじみ、煙が換気されていくのを待ちながら換気扇の轟音響く中でそんなことを。

じぶんを大切にしないことは、親不孝だと気づいたから。ふざけることはこれからも時にはあるかもしれないけど、いたずらに笛を吹くようなことはしない娘でいたいと思います。お父さん共々いつまでも健康で。これからもよろしくお願いします。火には気をつけます。


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おもに恋とじーん|エッセイや掌編・シナリオを書いています |どうせ“私じゃない誰かを好きな”男子たちの言動について綴った『男子発言ノート』『好きにならずにいられてよかった』、漫画家つきはなこさんとの『ピン留めの惑星』他 https://www.ohshimatomoe.com/