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スワロー亭のこと(5)古本屋、洋服を売る

店をやる、ということがどういうことなのか、店をやったことがない奥田にも中島にもわかっていなかった。「いなかった」というより、2020年現在もほとんどわかっていない。

わかっていないからできたのかもしれない、と思うところもある。
そのひとつに、古本屋であるスワロー亭が新品の洋服を販売していることがある。

地方のちいさい町の、こんなにちいさい古本屋で、洋服を売ることなんてできるのか?

できる・できないを考えていなかったからできたような気がする。

もちろん、自力でできたことではない。

それって成立するの? といいたくなるような申し出を、笑顔ひとつで快諾してくださった洋服屋さんの存在なくして、今のスワロー亭の洋服販売はないと断言できる。

その洋服屋さんは東京の恵比寿を拠点としている。快晴堂という。中島が個人的に好きで、それまでにもたまに買って着ていた。

快晴堂とのファーストコンタクトは、さかのぼること十数年。その名前をまだ知らなかったころ、たまたま当時の自宅近くにあったジーンズ屋さんにふらっと立ち寄ったとき、パッと目にとまったTシャツがあった。夏物セールをやっていたタイミングで、割引価格となっていたそのTシャツは、それでも自分にとって購入を迷うくらいの値段だった。手にとって、眺めたり、なでたり、ひっくり返したりしながら、「贅沢かなあ」と思案した。

店員さんの「気に入ってもらえたなら、絶対に後悔しないから!」という太鼓判を振り切ることができず、結局勧められるままに買ったTシャツ。それが、だいぶ後から気づいたら、快晴堂のものだった。

そのTシャツが、10年経っても首回りが伸びずに現役続行していた。デザインがおもしろかったのはもちろんだが、縫製や素材がしっかりしていたのも気に入った。

値段が値段なので、そうやすやすとアイテムを増やすことはできなかったが、1点ずつ、ゆっくり買い足して楽しんでいた。

その快晴堂が、小布施から高速で1時間ほどの松本にあるショップで出張販売をすると聞き、これは万難を排して行かねばならない、と思った。スワロー亭の「ス」の字もまだこの世になかったころだ。

期間中にその店を訪ね、あれこれ試着などを楽しませてもらい、帽子をひとつ買って、最後に社長にあいさつをさせていただいた。厚かましくも、これから小布施で古本屋を始めようとしていることや、その店で、できたら快晴堂の品物を売りたいと思っていることを話した。すると社長は「いいじゃないですか! いろんなお取引先があるけれど、古本屋さんは初めてです!」とニッコリ笑う。「店がオープンしたらまた連絡ください」と電話番号をメモしてくださった。

それから長い時間が空いて、きっともう忘れられているだろうな、と思いながら、快晴堂ホームページで知った「アトリエストア」の期間限定オープンに合わせ、恵比寿を訪ねた。それが、スワロー亭の開店準備を始めたころのこと。

閉店時間ギリギリの駆け込みになってしまったが、「どうぞどうぞ、こちらで事務仕事などをしていますが、よければゆっくり見ていって」と迎え入れてくださった。コットンウールのジャケットを購入しがてら、勇気を出して経緯を話してみた。

社長は「ああ、あのときの古本屋さんね! そういうやりとりをしたことは覚えてますよ!」との答え。いよいよ店を始めるが、洋服を仕入れることはできるか? と尋ねると、「見つくろい品を送りますから、試しに販売してみてください。見つくろい品については、一定期間が過ぎたところで必要のない商品を返品してもらって結構です。次の展示会には案内状を送りますから、見にきてもらって、そこから通常取引開始で」という。ありがたい対応だった。

ほどなくして、大きな段ボール箱2つにいっぱいに詰まった快晴堂商品が届いた。のんびり構えていたところへ、驚くほどの迅速対応だった。

近隣で扱っている店を知らず、オンラインショップで眺めるしかなかった快晴堂の商品。それが、自分の手元に、大量にある。うおおおおお。細胞がムキムキと躍る心地だった。

店の準備を急がなければ。

快晴堂の洋服を、段ボール箱から出しては眺め、またたたんで箱に入れ、たまに出して、眺めて、なでて……。そんな時間を過ごしながら、まっすぐには進まない開店準備を、デコボコしながらひとつひとつ、積んでいった。

(燕游舎・中島)

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