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苦しみ学のススメ 7

『幸福学✕経営学』から2年。
苦しみの意味を探求してみたい、
幸福を追い求めることへの違和感を表現してみたい、
と思っています。

経営学の分野では有名なピーター・センゲ。
「学習する組織」を提示、
組織ぐるみで学び合う文化へ深い示唆をくれた。
今でも読み直す書籍の一つ『学習する組織』(英治出版)、
の中にこんな一節がある。


皆さんは、幸せになるために働いている人に出会ったことがあるだろうか?私の経験では、そういう人たちには一つの共通点がある。それは、その人たちはあまり幸せではない、ということだ。一方で、何よりも大切なことを追い求めて生きていたり、友情を大切にしたいと思う人たちとともに働いていれば、それだけで十分に幸せになるだろう。そういう意味では、幸福は単に、充実した人生を送ることの副産物にすぎない。

幸福が副産物や結果だとしたら、
幸福を目的にすることは、
ちょっと違う気がしている。

前回まで、鈴木大拙、西田幾多郎とその思想の本質や変遷から、
苦しみの意義を探求してみた。
「民藝」の提唱者であり、宗教哲学者の、柳宗悦に注目したい。

彼は、最愛の妹を出産後の急変により喪います。その死の弔いに瀕して次のような文章を残しています。

おお、悲しみよ、吾れ等にふりかかりし淋しさよ、今にして私はその意味を解き得たのである。おお、悲しみよ、汝がなかったら、こうも私は妹を想わないであろう。愛を想い、生命を想わないであろう。悲しみに於て妹に逢い得るならば、せめても私は悲しみを傍ら近くに呼ぼう。悲しみこそは愛の絆である。おお、死の悲哀よ、汝よりより強く生命の愛を吾れに燃やすものが何処にあろう。悲しみのみが悲しみを慰めてくれる。淋しさのみが淋しさを癒やしてくれる。(『柳宗悦コレクション3』)

この文章を受けて、批評家の若松英輔は、
悲しみについて次のようにコメントします。
「悲しみを不幸と結びつけることで終わっている考え方からすれば、柳の思想は矛盾に満ちている。だが、悲しみを生きている者に説明はいらないだろう。悲しみの経験は、痛みの奥に光を宿している。悲しみの扉を開けることでしか差し込んでこない光が、人生にはある。その光によってしか見えてこないものがある」。

悲しむ者を、安易に励ましても奥深く癒やされることはない。
「頑張れ」、「大丈夫だ」、「前向きに」というような、
表面上のポジティブな言葉は何の役にも立たない。
言葉にすることのできない感情に、
ただ寄り添う、同じように感じる、
「同苦」しかできないという覚悟によってつながりが紡がれる。

鈴木と西田は、同じ金沢出身で同級生、親友でもありました。
2人は親しく交流し、深く影響を及ぼしあって、
互いの思想を展開、深耕していきました。

そして、鈴木大拙と柳宗悦は、師弟関係でした。
ところが1961年、19歳年長の大拙が、
先に柳を見送る悲劇に見舞われることになります。
生涯に亘る深い親交関係があった弟子に対して贈った弔辞に、
「柳君を憶う」が残されています。
鈴木大拙と柳は、ともに東洋と西洋の対立を越え、
「無心」を一貫として重要なテーマとして探究し続けました。
大拙は柳を「天才の人」と高く評価し、信頼し、
自らの後継者として考えていたのでしょう。

苦しみを媒介に、
日本の知の巨人たちがつながっているように感じます。
そしてさらには現代に生きる私たちをも結びつけてくれました。
仏教でいう慈悲のエッセンスは、
以前にも書いたように「同苦」であるこを実感します
https://note.com/ensou_biz/n/nb88ec43ead5c

『いのちをむすぶ』の中に、佐藤初女さんの「幸福」という詩がある。

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すんなり、するすると幸福になることはなくて
生きていれば、何度でも繰り返し苦しみがやってきます。
けれども苦しみは苦しみだけに終わることなく
いつか喜びに変わります。
苦しみなくして刷新ははかれません。
真の幸福は、苦しみの中にあってこそ実感できるものです。

佐藤初女さんは、1992年「森のイスキア」を開設、
迷い、疲れ、救いを求めて訪ねてくる人に食事を出し、
多くの人々の再生のきっかけをつくりました。
その活動は、ダライ・ラマ法王らと出演した映画
『地球交響曲第二番』で広く知られるようになりました。

幸福と苦しみは対立したものではありません。
「どちらか」ではなく、「どちらも」です。
苦しみは、幸福の母胎となってくれているのです。
苦しみを避けることなく、
向き合ってみようという勇気が、
結果として彩り豊かな「いのち」につながるのだと思うのです。
「いのち」は結果として幸福かもしれないし、
幸福でないかもしれない。
もう、それはある意味どうでもいいことなのです。

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