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捨てるに捨てられないもの

ショートカットするのによく通るお寺がある。

その見慣れた景色の小さな変化を見逃さなかった。入り口にある門の影に小さなトランクが置いてあった。

こんなこころに不用心だな、と思ったものの、すぐ表で道路工事していたところだったので、その関係者の荷物なんだろうと素通りしていた。

工事は夏の間中続いたせいもあって、門の影に放置されたトランクは見慣れた景色の一部になった。夕方に工事が終わってもそこにあったから、たいした貴重品でもないんだろうと心配することもなかった。

やがて蝉の声から秋の虫に変わる頃、工事は終わった。道路には誰も居なくなった。それでも色褪せたトランクはそのままそこにあった。

そこで今更ながらに気づいた。
この持ち主はメンタリストが命は平等ではないと差別していた人たちのものなんだろうと。理由あってここに置いていったのか。あるいは取りに来られない事情ができたのか。

そうして初めて近づいてみると、誰かが雨に濡れないようにとビニールシートをかけてくれていた。世の中まだ捨てたもんじゃない。これがオフィスビルの入り口ならさっさと処分されていただろう。ここにはいつか持ち主が取りに来てくれることを願ってる人がいる。

それでももうこの鞄が引き取られることはないかもしれないという予感に胸が痛む。ひょっとするともう持ち主はこの世にはいないかもしれない。

最後まで捨てるに捨てられなかったものとは何だろうと想像しながら今日も三門をくぐる。永遠に訪れないきっかけを願いながら。

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