別れのチャジャン麺と埋まらない穴
『別れたいの?』
「…………」
うん、でも、そう、でも、はい、でも、yes、でも、肯定の言葉はこんなに世の中にあふれているのに、何も言葉を発さずにこの場をやり過ごそうとしている、この男が憎い。
最後くらいちゃんと言ってよ、バカ。
いい加減にしろ、バカ。
ありえないんだよ、バカ。
バカ、バカ、バカバカ、バカバカバカバカ。
どんどん怒りが込みあげてくるのに言葉にできなくて、代わりにそれが涙になって出てくる。
私が泣き始めたことに気づいたアイツはハッとした顔をしたけど
目の前にある紙ナプキンをクシャっと握っただけで、また視線を自分の足元に戻した。
涙が頬を伝って、顎からぽたぽた落ちていく。
そのうちのひとしずくが右手に落ちた。
そのひやっとした感触を感じた瞬間、目が覚めた気がした。
急にこんな誰もがパッと食事を済ませて出ていくようなチェーン店で泣いている自分が恥ずかしくなって、コートも着ないまま、店をでた。
そのまま早歩きで歩く。
さっき涙が伝った部分が、外の空気に触れてスース―する。
凍りそうだ。
コツコツとヒール音を響かせながら猛スピードで歩きながら、ふと、無銭飲食しちゃった、、大丈夫かな、、なんてよぎったけど、さっき見たメニューのリーズナブルな数字の羅列を思い出し、あのくらいアイツに払わせてやろう、と思い直した。
私の方が先に店を出たんだから、無銭飲食で捕まるなら、追いかけて店を出たアイツの方だもんね!
そう思うと、後ろめたさがなくなった気持ちと、いつもならしない大胆な行動をした時分に酔ってきて気が大きくなってきた。あんなに苦手な冬の寒さもなんだか気持ちいい。
あ、コートも着るの忘れてた。次の信号待ちで着よう。
アイツとは2年弱、付き合っていた。
それこそ出会いはナンパはじまりで、最初はあんまり友達にも言えない出会い方だったけど、付き合ううちに、ナンパしてきたくせに遊びなれてなくて、デートに誘うときも、初めて手をつなぐときも、キスをするときも、照れて眉をひそめながら左の降格だけやや高くしてはにかむあの顔が、なんともいじらしくかわいく見えて、安定した関係になった。
二人とも社会人とはいえど、お互いそこまでブラックな会社ではなかったので、平日でも週に1,2回はデートに行けたし、週末はどちらかの家でゴロゴロして過ごした。
これまでの恋愛よりもキュンキュンしたりときめいたりすることは少なかったけど、たまに見せる彼のかわいい表情に母性をくすぐられて、イチャイチャしたい気持ちよりも彼の面倒をみたい、愛でたい、みたいな感情が強かったから、別に満足してた。
何も問題なかった。
順調だった。
バカなところも、優柔不断なところも愛せてたのに。
たぶんそれはわたしだけだったんだな。
付き合って一年半がたったころから、アイツからの連絡頻度がどんどん少なくなった。最初は何か嫌なことしたかな?と思って、関係を修復しなきゃとたくさん連絡したけどすべて空回り。なにかすればするほどむしろ迷惑がられているようで、連絡も遅れるどころか無視が多くなった。
しびれを切らして家まで突撃すると、絶対一日中家でゲームしてただろというボサボサ頭&ひげ面で玄関を開けて私を家に入れた。アイツはそんなときでさえ、何も言わずただ目線を足元に落としてうつむいて黙っていた。
いっそのことウソバレバレの言い訳くらいしてほしい。
仕事でバタバタしてて、とか、友達が来てて、とか、
それならもっと彼女面して怒れるのに、、、
この何も弁解しようともしない、ただ黙って自然と私の気持ちが離れていくのを待っているようなずるい男に、怒る気力も沸かなかった。
このままアイツの願い通りに自然消滅なんてごめんだし、さすがに部屋の鍵くらい返してもらいたかったから、私も彼も韓国旅行の時に食べてドはまりした、韓国のチャジャン麺のチェーン店であうことにした。
ゆっくりお酒を飲みたい仲でもないし、特別な日でもない。
ただいつも二人で通ってたお店がちょうどよかっただけ。
あの楽しかったころの二人の日常を、思い出してほしかったなんて、一ミリも、、、おもって、、ない、、、、
いつのまにかダメダメなアイツとそれを許す寛大な私の構図に甘えきってたのかもしれない。
私がいないと家事も出来ないし、私くらいしか彼のことを理解できる長い付き合いの女はいないし、私じゃないと彼のすべてを受け入れてあげられない。
でもアイツは受け入れてほしいなんてこれっぽっちも思ってなかった。
ただ楽しい付き合いを、対等に楽しめる付き合いをしたかっただけ。
変わったのは彼じゃなくて私だった。
受け入れてほしいのも、私だった。
だれかにとってかけがえのない唯一無二の居場所として、すべてを受け入れてほしかった。
私の、せいだ。
彼への怒りよりも自分の不安定さに泣いた。
どんなにいい仲のいい友達ができても、どんなに最高の彼氏を見つけても、たとえ自分の子供を産んで家族ができたとしても、
この心の穴はうまらない。
どうにか自分を好きになるしかないのだ。
自分はここで生きているだけでいいんだって
自分の居場所を自分で作るしかない。
前にもたどり着いたことがある結論に気が遠くなった。
いつになったらそんな私になれるんだろう。
再確認してしまった自分の問題から目を背けるように、そっと足元に視線を落とし、自分の歩幅を確かめなら一歩ずつ、コツコツとブーツを鳴らして歩いた。
そうだ、明日も仕事だ。
かえって早く寝よう。
逃げたってどうにもならないのに、またせわしない日常に逃げ込むように家のドアを開けた。
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